my fair little boy
外套の下で、スザクがルルーシュの腰を抱く腕に力をこめた。じんとスザクの体温が服越しにもにじんでくる。不覚にもドキリとしたが、スザクたちから視線をそらして跳ねた鼓動をやりすごす。
「ルルーシュは大きくなっても、おれが守ってやらないと誰かにいじめられるのか」
子供のスザクは、おおげさに、呆れているような声で言うと、ついでに、わざとらしくため息をつく。
「ううん、そういう事とはちょっと違う……かなァ」
ルルーシュの騎士は、ふっと笑ってルルーシュの方へと顔を向けた。そうして、外套の下でひたりと体を密着させてくる。
「ぼくはルルーシュだけの剣と盾になる、って誓ったんだよね」
一気に顔が熱くなる。騎士誓約の文言の一節にはちがいないけれど、どう考えてもこれはそれだけの意味ではないだろう。
「スザク!」
「なんだ? 呼んだか?」
「なに? ルルーシュ」
小さいスザクとルルーシュの騎士のスザクの声がぴったり重なってルルーシュの耳に届いた。そして、全く同じ翠色の二対の目がルルーシュをじっと見つめている。
(そういえば、スザクは昔から順応性がやたら高かかった)
そうしてスザクは突然はっとした顔をして、時計を見る。
「ルルーシュ。もうそろそろ、時間」
そもそも今日はこのために、こんな朝早い時間に、わざわざスザクを呼んだ筈だったのだ。
(イレギュラーだ……!)
時計を見ると、スザクの出発予定時間までそう余裕がなくなっていた。これでは、何のためにわざわざ朝早くにスザクを呼んだのか、意味がなくなってしまう。
「たぶん、僕のことというかそっちの僕のことは放っておいて大丈夫だと思うよ。そのうち勝手に帰れたし」
「子供のスザク、すまないが、少し向こうで待っていてくれるか? このスザクと少し話しがあるから、それが終わったらお前とはゆっくり話しをしよう」
子供のスザクは、スザクとルルーシュを交互に見上げると聞き分けよく小さく頷いた。
「わかった」
そしてマントルピースの前のソファまでとことこ歩いていくと、珍しそうに周りを見渡した後にソファに座った。ルルーシュはそれを見届けてからスザクの方へと向き直り、昨夜遅くにやっとつかめた、現物を保管していると思われる隠し金庫の場所を入れたデータをスザクに手渡す。そして、今日の内偵の概略とタイムテーブルの最終内容を確認する。
「地図と経路とタイムスケジュールは頭に入ってるよ。……多少の臨機応変があっても、怒らないよね?」
「とにかく見つからない、ありとあらゆるログに残らないで目標を入手することが最優先だ」
それからルルーシュは、騎士の目をじっと見つめる。
「……そして、必ず無事で帰って来い。お前はオレのものだ。オレに無断で傷つけることは、許さない」
「イエス、ユアマジェスティ」
スザクを見送ってから、ルルーシュは寝室にジェレミアを呼んで事情を説明し、今日一日ひとまず面倒を見てやってくれ、と頼んだ。子供のスザクは、もちろんブリタニア語が全くできない。ルルーシュが最も信頼している直接の配下の人間で日本語ができるのは、スザクを除けば彼と咲世子しかいない。ジェレミアはギアスについても説明する必要がないし、なにより、あのヤンチャな子供を女性の咲世子に任せるのは気が引けた。……ついでに言うなら、天然同士を一緒にしておくのは嫌な予感しかしない。
ルルーシュの身の回りを担当するメイド達には、ある事情で皇宮で預かることになったスザクの親類だと説明して、もし何かあったら、咲世子かジェレミアに通訳を頼むように指示をしておいた。
スザクに似すぎている(と言うか、同一人物だ)せいか、彼女らは開口一番「枢木卿のご子息ですか?」と臆面もなくルルーシュに訊いてきた。即答で否定はしておいたが(くどいようだが、同一人物だ)いまいち彼女らが信じてくれたのか、手ごたえは薄かった。それでもそのうち冷静になればさすがに隠し子疑惑は払拭されるだろう。いくらあのスザクでも、さすがに十八でこんなに大きな子供がいるわけがない。八歳の時の子供、というのはさすがに異常すぎる。
メイドたちは、言葉も通じないのに、こぞって子供のスザクの世話を焼きたがって呼んでもいないのに御用伺いにやってきてはスザクをかまって行く。皇宮に子供がいないから、ものめずらしさもあるのだろう。けれどこの頃のスザクは見た目のかわいらしさに反して、中身はなかなかの暴れん坊だった。今はさすがに知らない場所で緊張しているからなのか、ずい分と大人しくしているようだから、メイドたちはまだそれが分かっていないのだろう。それか、この歳でもスザクはスザク、と言うことなのか。
このスザクの扱い方を一番よく分かっているのは、間違いなく藤堂だ。けれど、あいにく藤堂ははるか海のかなたの日本で今ごろ道場を再開するのに大忙しだから、子供の頃のスザクの扱い方のレクチャーを頼むわけにもいかないけれど。
子供のスザクが大人しくしていたのは、午前中の間だけだった。
昼食を一緒にとった後にはルルーシュが覚えているとおりの、まっすぐで強引で、ヤンチャな子供のころのスザクそのものだった。むしろこの子はスザク本人なのだから、ルルーシュの記憶が正確だったというべきなのだろう。
幸い、今は比較的スケジュールが緩やかだったから、ルルーシュと部下たちも、子供のスザクの面倒をみてやるくらいの余力はある。むしろ、女性たちは子供のスザクを見ていると和むらしい。こんな歳のころからとんだ年上キラーだ。
ルルーシュの政務室の窓からは、二人が剣を交わしているのが見える。子供のスザクは、今、中庭でジェレミア相手に稽古の最中のようだった。毎日この時間に剣の稽古をするのが習慣らしく、稽古をしないと気がすまない、と部屋を言って出て行ったと思ったら、十数分後には中庭で剣を交わす硬質な音が聞こえ始めた。はじめは何事かと思ったが、庭を見下ろしてみれば答えはすぐにわかった。子供のスザクは、うまくジェレミアを相手に捕まえたようだ。
ルルーシュは窓辺から再び、デスクに戻り、裁可を待つ書類の山を低くする仕事に戻る。
しばらくして剣を交わすおとが聞こえなくなり、ルルーシュも時期の差し迫ったものをあらかた片付け終えたところで、政務室の扉がノックされた。入れ、と声をかける前に扉が開いて、子供のスザクが扉の影から顔を出す。
「大きいルルーシュ、おれ、腹が減った!」
元気いっぱいに部屋の中に駆け込んでルルーシュのデスクの前までやってくると、大きな目をきらきらさせてルルーシュの顔を見上げる。
時計を見ると、時刻は三時を少し過ぎたところだった。
「ちょうどお茶の時間だな。スザク、もう少し我慢できるか? それなら何か作ってきてやろう」
ルルーシュは手にしていたペンを置いてスザクに笑いかけた。
(スザクに何か作ってやるのは久しぶりだな)
使える時間は限られている。食べる時間も考えると、残念だが、簡単なもの以外は作っていられないだろう。
「ガマンできないってゆったらどうなるんだ?」
「メイドに何かすぐできる軽食を頼む」
「じゃあ、ガマンできる」
「良い子だ。では、そこに座って待っていろ」
「わかった」
作品名:my fair little boy 作家名:さきさかあつむ