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水の器 鋼の翼1

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 5.
 
 あれから二か月が過ぎた。待てど暮らせど、救援は来ない。
 物資は、日に何度かやって来る定期船で運ばれる。シティからは、労いの言葉が毎日のように送られてくる。だが、生き残りが定期船に乗ってシティに向かうのだけは、何故か禁止されていた。定期船には一度にたくさんの人間を乗せられない。それでは不公平になるだろうという理由で。
 日に日に、生き残った人々の不安は募る。まさか、このまま救援は来ずじまいなのだろうか、と。不安は他者への暴力へと代わり、「救援は絶対にくる」派と「絶対来ない」派で大乱闘になっているのを、レクスは何度か目撃した。
 MIDS本部からの連絡は、あの日から一回も来なかった。KC本社は、いつ救援をよこしてくれるのか。
 他の生き残り同様、おぼろげな希望にすがって生きていたレクスであったが、ついにその結末がはっきりする日が訪れたのだった。

 ある日の朝、一隻の武装船が西ドミノの港に着いた。
 武装船は救援物資の代わりに、大人数の武装した人間を港に降ろした。騒ぎを聞きつけ、集まって来た生き残りたちに、彼らは偉そうにこう言い放った。
「我々は、ネオドミノシティ治安維持局から派遣された、セキュリティだ。本日からこの西ドミノ地区……いや、「サテライト地区」はセキュリティ・サテライト支部の管轄となった」
 群衆が一斉にざわざわと騒ぎ始める。治安維持局とは何だ。セキュリティは何者だ。サテライトとはどういうことだ。それより何より、いつになったら救援部隊は駆けつけるのか。
「救援部隊は必要ない。君たち、サテライト住人が暮らすのは、ここサテライトのみだ。ここ以外に君たちの安住の地は、決してない」
「君たちの仕事は、シティから送られた様々なゴミを回収し、リサイクルすることだ。理想的なサイクルを維持する、大事な役割だ。頑張ってくれたまえ」
 ふざけるな、と生き残りの何人かが、激昂してセキュリティに殴りかかった。しかし、抵抗はスタンガン付きの警棒であっけなく防がれ、あっという間に彼らはセキュリティに取り押さえられる。
「大事なことを言い忘れていた。君たちの犯罪行為とその罰についてだ。君たちが、サテライトから脱出し、シティに侵入すること。また、今のようにセキュリティに歯向かうこと。これは重大な犯罪行為だ。違反した者については、それ相応の罰が下る。心しておくように」
 セキュリティは、先ほど殴りかかってきた人々を容赦なく引っ立てると、武装船に乗ってどこかに行ってしまった。後に残されたのは、三人の男たちだ。レクスには見覚えがあった。二か月前、いかだに乗ってシティへと漕ぎだして行った者たちだ。
 三人の男たちの頬には、それぞれに形の異なる黄色い線が無残に引かれている。犯罪者に刻印される、マーカーと呼ばれる刺青だ。マーカーからは常に識別信号が発信され、対象がどこにいようとすぐに発見できる。重大犯罪が頻発するこの時代で、つい最近になって施行された新システムだった。
 しかし、マーカーが付けられるのは、殺人や傷害、窃盗などの重大犯罪に限られている。この三人はそんな犯罪をしでかしたのだろうか?
 人ごみの中から、女が一人必死の形相で駆け寄って来た。彼女はどうやら、三人の知り合いらしかった。
「どうしたの! 何があったの! こんな、酷い、マーカーまで付けられるなんて」
「母ちゃん」
 三人の内の一人、一番歳の若そうな男が、ほろりと涙を浮かべて答えた。
「お、俺たち。普通にいかだで港までたどり着いたんだ。ただそれだけだったんだよ……。それなのに、あいつら、シティへの侵入は重罪だって、俺たちを逮捕して……」
 男は、涙で声を詰まらせる。女は、我が子を襲った過酷な運命に耐えきれず、その場でわあっと泣き崩れた。
「見て! 橋が!」
 向こうの方で、子どもが叫ぶ声がする。あの方向は、シティからかけられる予定の希望の橋が見える場所だ。
 レクスは、目を凝らして白く輝く橋を見る。ついこの間まで活発に工事に励んでいたクレーンやトラックが、慌ただしく撤収作業に取りかかっていた。一時間もしない内に、種々雑多な重機は綺麗さっぱり、橋から消え去ってしまう。
「何だよ。どういうことだよ、こりゃあ」
 レクスの傍にいた中年の男が、焦燥を隠しきれずにつぶやく。レクスは、嫌な予感がした。
 レクスは群衆から離れ、ビルの廃墟の陰に身を潜める。携帯端末をリュックサックから取り出し、連絡を試みる。連絡先はもちろん、MIDS本部だ。
 端末は、コール音を空しく鳴らすだけだ。回線は確かに繋がっているはずなのだが、端末の向こう側が応答してくれない。と、通信が一方的にぶちっと切断された。
 レクスは、再び連絡を試みた。だが、端末は画面にメッセージを一つ表示したきり、うんともすんとも言わなくなった。
「『受信拒否』。……まさか、そんな……」
 認めたくはなかった。だが、端末のメッセージは、残酷にもレクスにある事実を突き付ける。

――私は見捨てられたのだ。MIDSからも、KC本社からも。

 レクスの指から、端末がするりと抜け落ち、かしゃんと音を立てて地面に落ちた。


 ドミノシティがネオドミノシティとなってから、レクスの周辺の状況は一変した。
 西ドミノ地区は、「サテライト」に名称を変えられた。モーメントが引き起こした人災は、世間的には未曽有の天変地異と公表され、有識者に「ゼロ・リバース」と名付けられた。
 セキュリティの人間が演説した通り、シティからのゴミ屑が船に載せられて、毎日のようにサテライトに持ち込まれてくる。ゴミ屑はサテライト住人の手によってリサイクルされ、新しく生まれ変わったそれらは再び船に乗せられシティに送られる。
 サテライトへの定期船には、時々ゴミ屑の代わりに人間が載せられてくる日もあった。ここサテライトが、重罪人の流刑地に指定されたのだ。なるほど、人間の屑もこのサテライトで有意義に使ってやれと、そういうことなのだろう。
 サテライトの西側には、シティに置くには問題のある、排気ガスを撒き散らす工場がいくつも建ち並んだ。今までは少し曇る程度だった空が、見る見る間にどんよりとした灰色のもやに覆われていく。呼吸器の弱い人間が、絶えず咳き込むようになるくらい、ここの空気は酷いものだった。
 サテライトの東側、特にモーメントの周辺区域。こちらは今、治安の急激な悪化が問題になっていた。シティから送られた犯罪者がこちら側に溜まりだし、あちこちでいざこざを巻き起こしているのだ。セキュリティはと言うと、初日にあれだけ高説をたれておきながら、こちら側の治安維持については一切放棄していた。何しろ、セキュリティのサテライト支部は、この断崖絶壁の向こう側にあるのだ。それをわざわざこちら側に足を運んでまで犯罪を取り締まるなど、セキュリティにしてみたら面倒くさくてやっていられないのだろう。
 流刑された犯罪者の中には、殺人を犯した人間もいる。下手をすれば次の日まで己の命があるかどうか、全くの保証はなかった。
作品名:水の器 鋼の翼1 作家名:うるら