こらぼでほすと 休暇5
どこか行きたいところはないのか? と、寝る前に尋ねられたが、これといって思い浮かばなかった。明日で、この休みも終わりだが、それは残念とは思うものの、どこかへ行こうとか、何かを買いたいなんていう希望はない。ただ、親猫とのんびりと過ごす時間のほうが大切で、いつも通りでよいと思っただけだ。
「本当にいいのか? 午後から、どっか出かけて、飛行機の時間まで遊んでてもいいんだし。」
「別に、どこかに行きたいということはないんだ。次の機会に、どこかへ行こう。」
それも、いつのことになるか、不明だが、そういう予定があったほうが、なんとなく、これからの日々が落ち着いて送れる気がした。ファサっと布団が動く音がする。たぶん、親猫が寝返りをうった。
「次か。わかった。ティエリアが気に入りそうなとこを探しておくよ。」
「・・・・ニール、まだクスリが効かないのか? 」
寝る前に服用している薬は、即効性のものだ。それなのに、随分と長い事、起きている。
「・・・効いてるよ・・・・今、ふわふわしてる。」
「なら、おしゃべりはやめてください。」
「・・・もったいなくてさ・・・・明日には帰っちまうと思うと、時間が惜しいんだ。」
「バカなことを。また、降りてくるんだ。それに、すぐに、フェルトが来る。」
「でも・・・おまえさんは・・・また・・・」
そこで、言葉が途切れた。電池切れだ。そのまま、紫子猫が、だんまりを決め込むと、となりの布団からは寝息が聞こえる。穏やかで規則正しい寝息だ。
あの続きは、「また半年ぐらい逢えない。」、だったろう。刹那とティエリアは、半年毎ぐらいに降下している。フェルトだけは、時間の調整で、今年は、何度か降りてくることになっているが、それだって、三ヶ月か四ヶ月に二週間だ。
紫子猫は、むっくりと起き上がって、真っ暗な部屋で、見えないとなりの布団のほうを眺める。動きはない。本当に眠っているらしい。
右目の怪我が原因で、地上に親猫を縛りつけた。それが、ティエリアの罪ではない、と、親猫は何度も諭す。もし、なんてものは存在しないが、もし、ティエリアを庇っていなくて、ティエリアが、あのまま死んでいたとしても、親猫が無事だったか、なんて、誰にもわからない。ティエリアを庇ってしまったのは、自分のエゴであって、ティエリアのためではない、とまで言い切られてしまうと、それ以上には、何も言えない。
同じ場所ではないが、違う場所に生きていてくれたことは、紫子猫には嬉しいことだった。ここに帰って来れば、親猫は迎えてくれる。以前よりも親しく、まるで、おかんのように、日常というものの中に生きていてくれる。それだけで満足だ。
少し目が冴えたので、水でも飲むか、と、脇部屋から家のほうへ起き出して出向いたら、ハイネが、居間で、ペーパーバックを片手に、ビールを呑んでいた。夕食の時にはいなかったから、遅くに帰って来たらしい。
「どうした? ティエニャン。」
「水を飲みに来た。」
「飲んだら、さっさと戻って、ママニャンの横に寝ろ。あいつ、人の温度がないと、目を覚ますからな。」
台所で、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、ごくごくと呑んでいると、ハイネが、そんなことを言う。
「クスリが効いているから問題ない。」
「そう思うだろ? でも、ダメなんだ。それに、おまえさん、明日には帰るんだしさ。一緒の布団でぎゅっと抱きついてやるぐらいのサービスをしてやれよ。」
「はあ? 」
「あはははは・・・まあ、それは冗談だけどな。俺は、明日、朝からラボだ。見送りはしないから、ここで挨拶しとく。とりあえず、最後まで生きててくれ。ま、暇をみつけたら、降下してくれりゃあ、なお、いいな。以上。」
へらへらと笑いつつハイネは、缶ビールを持ち上げる。ここから先の予想はつかない。組織が再始動して、どう展開するのか、『吉祥富貴』も静観する。マイスターたちの危機には駆け付けるように計画はしているが、それだって万全ではない。要するに、マイスターたち本人の気合とか根性で生き延びてもらう覚悟がなければ、こちらも助けられないから、そこいらは腹を括れ、と、ハイネは言いたい。ストレートに告げないが、そのうち理解するだろう。
「おまえに言われなくても、そのつもりだ。・・・・・俺は強くなる。あの人のためにも強くなる必要があるんだ。」
決めた道を我武者羅なまでに突き進め、と、あの人は言う。何かに頼るのではなく、自分の意思で決めて進んでいくのが、人間だ、とも言われた。だから、ティエリアは、前を向いて進む。この先、世界へ武力介入することになっても、その考えだけは変えるつもりはない。
正しいと思えないならば、正しき方向に軌道修正する。
戦いは、戦いで止めさせて戦争を根絶する。
それが、組織の理念だ。そのための努力は惜しまない。これから、新しい機体がロールアウトしたら、それを完璧に調整して、ぴよ毛の黒子猫や、どっかに行方不明のバカが、戻ってきても、直ちに搭乗出来る状態に準備しておく。ただし、一機だけ、乗り手のない機体はあるのだけど。
「ふーん、そりゃ勇ましいな。大いに結構だ。」
「ハイネ、俺のおかんのことは頼むぞ。」
「オッケー承りましょう。それと、援護と救助もな。おまえさんたちが動き出したら、うちも動く。だが、表立っての援護はしないから、勝手に乗り越えろ。」
本格的に、組織が動き出したら、『吉祥富貴』のMS組も動き出す。けっして、戦闘には参加しないが、後方支援や援護、さらに、マイスター組の救助はやるつもりだ。
「わかっている。」
洗い場に、コップを置くと、紫子猫は、スタスタと居間を出て行く。ハイネも、何も言わずに見送った。まだ、これからだ。気張り過ぎないで、頑張れよ? と、エールを送る。
四年前よりは、感情の起伏が激しくなったし、いろんな反応もするようになった。紫子猫も、それなりに成長はしている。
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回廊の途中で、しばらく足を止めて、星空を見上げた。強くなりたい。誰かに庇ってもらうのではなく、誰かを庇えるぐらいに強くなりたい、と、切望する。たぶん、刹那も同じことを考えているだろう。そして、どっかのバカは、何を考えているだろうと思う。
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・・・・もう少しだ。もう少しで、ヴェーダの一部を掌握する。そうなれば、おまえたちの居所も掴めるはずだ。そして、機体をロールアウトすれば、救出にも向かえる。・・・もう少し・・・・もう少し、そこで待ってろ、バカものどもっっ・・・・・
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どうなっていても、救出する。それだけは、反対されてもやるつもりだ。そこからは、ちょっと自信がない。マイスター組リーダーなんてものをこなせるか、と、問われたら、無理と答えそうだ。
回廊の向こうで音がして、脇部屋の障子が開いた。ひょっこりと出てきたのは、親猫だ。少し離れた回廊に、紫子猫がいるのに気付いて近寄ってくる。
「どうした? 眠れないのか? 」
寝ていたはずの親猫は、普通に歩いている。ハイネが、言っていたのは、こういうことだと、それで、紫子猫も気付いた。
「少し考え事をしていた。」
「うん。」
作品名:こらぼでほすと 休暇5 作家名:篠義