こらぼでほすと 休暇5
同じ場所に立って、親猫は、優しい声を出す。そうすると、紫子猫は、ぽつりと口を開いてしまった。
「俺には、あなたのようにマイスター組リーダーを勤める資質はないと思う。それが、とても心配だ。」
「くくくく・・・そんなもん、俺にもなかったよ。まあ、いいじゃないか。できそうにないなら、刹那にやらせろ。あいつは、今、世界を放浪して、いろいろな経験を積んでいる。それが、いい肥やしになるだろう。刹那は、俺なんかより、ずっと強いし、リーダー向きだ。ま、ちょっとばかり若いから、おまえさんが、フォローしてやれば、ちょうどいいんじゃないか? 」
親猫の言葉に、紫子猫は顔を上げた。ああ、そうか、と、ほっとする。全部を自分が背負い込まなくても、紫子猫には仲間がいるのだ。無理しないで適性のあるのがやればいい、と、言われたら気が抜けた。
「それに、アレハレたちもさ。戻ってくれば、おまえさんたちのフォローをしてくれるよ。」
「そうだったな。あのバカたちも使えるとなれば、楽だ。」
「もう一人のマイスター候補のことは、刹那が、なんとかするだろう。そっちも任せちまえばいい。」
「あなたの代わりを? 」
「ああ、放浪中に探してくるって言ってたからさ。俺は、参加できないから。」
ごめんな、と、頭をぐりぐりと撫でてくる手は、暖かい。一緒に戦って欲しいなんて我侭は言わない。この人は、もう、戦わないで欲しい。
「参加しなくて結構です。あなたは待機所の管理人だ。」
「うん。」
「なぜ起きてるんですか? 」
「・・・・なんとなく・・・・おまえこそ、どこへ行ってたんだ? トイレにしちゃあ長かっただろ?」
「台所に水を飲みに行ってた。そこで、ハイネに逢ったから話していただけだ。」
「なんだ、ハイネが戻ってるのか。」
スタスタと、親猫は回廊を家のほうへ戻って行った。たぶん、ハイネの夜食やら着替えやらの世話をしにいったのだろう。だが、すぐに、ハイネが、親猫の腕を掴んで回廊を上がってきた。
「ほらな? ティエニャン。おまえのママニャンはな、おまえらの体温が感じられなくなると起きるんだよ。ちゃんと寝かせとけ。」
ずりずりと問答無用で、脇部屋に引き摺りこんで、ぴしゃりと障子は閉められた。乱暴だな、と、親猫は呆れて布団に寝転んでいる。
「寝てください。もう、どこにも行きませんから。」
「ああ、おやすみ。」
明日の夜までですが、
と、紫子猫も内心で呟いて、となりの布団に横になる。明日は、一日、親猫と過ごそうと、そんなことを考えて眠りに落ちた。
特別なことはない。朝、起きて顔を洗って着替える。そんないつも通りの生活を堪能させて貰った。最後まで親猫は、どこかへ行かなくてもいいのか? と、気にしていたが、行きたくない、と、拒否した。
脇部屋の前から眺める境内の様子なんてもののほうが、なんとなく気分が落ち着くのだ。地上の重力は苦手だが、ここからの景色は好きだ。
「暑くないのか? 」
その親猫が、昼寝から覚めて脇部屋から顔を出した。特区には、季節が四つあり、そのうちの夏の季節だ。高温多湿で、キラのようなコーディネーターたちでさえ、過ごすのが堪えるという。
「暑いですが、風が心地良い。麦茶でも飲まないか? ニール。」
「うん、貰おうかな。」
脇部屋には、クーラーが入っていて、そこから涼しい風が外へ吹き出してくる。それを感じつつ立ち上がった。
麦茶を用意して戻って、脇部屋の前に置く。クーラーはつけたままだから、部屋から涼しい風が吹きつけてきて、それほど暑さは感じない。
「昨日のことなんだが。」
「ああ。」
「あなたは、刹那がマイスター組リーダーに相応しいと考えているのだろうか? 」
昨夜、自分にはマイスター組を取り仕切るのは無理そうだ、と、弱音を吐いたら、親猫から、そう返された。確かに、刹那は、強い。揺るがない意思を持っていると思う。だが、まだ年若いから経験が少ないし、人の機微なんてものには関心がない。親猫とは正反対だが、そんなものがリーダーとしてやっていけるのか、と、実際、気になった。
「相応しいっていうか、消去法だな。アレハレルヤは、復帰して、すぐには以前の状態とは程遠いだろう。おまえさんは、刹那より経験という点で劣る。もちろん、知識としては、おまえさんが一番だろうけど、決断するということに慣れていない。刹那は、二年くらい前から世界を放浪している。それに、あいつは決断できると、俺は思うんだ。だからだよ。・・・・・できるんなら、おまえさんが、リーダーをやりゃいいが、できないっていうなら、刹那にやらせればいい、という程度の意見だ。まあ、俺も刹那には、いろいろと説教じみたことを言ってるけどな。」
「説教? また、あいつは、あなたを困らせているのか? ニール。」
「違う。説教というのは違うな。・・・・・先を進んでいくためには、取捨選択が必要になる。そういうことを、つらつらと話したりはしていた。」
ごくっと麦茶を、一口呑んで、親猫は、境内へ視線を向ける。実際の景色ではなくて、たぶん、刹那との会話を思いだしているのだろう。
「・・・・俺には、そんなことを言ったことはないぞ。」
刹那には、そういうリーダーとしての指導をしていたと言われて、ちょっとムッとした。親猫は、そんなことは、何一つ、自分には諭したことがない。
「刹那は外へ出ただろ? で、帰って来て、その時の話をしていたから、その流れで、そういうことをしていたんだ。おまえさんには、そういう機会はなかったからな。」
組織に残って再建に着手したティエリアには、外のことや経験なんてものを積む暇はなかった。それに、大概、ティエリアが降下している時は、親猫が具合の悪い時が多かったから、難しい話をすることもできなかったのだ。
「あなたが後継に刹那を選ぶなら、俺も、それでいい。足りない部分は、俺がフォローするし、そのうち、バカどもも奪取する。」
「そうだな、俺は刹那がリーダーに相応しいとは思ってる。・・・・・ま、俺の個人的意見だから、組織のほうで決めれば良いさ。俺は、部外者だ。」
「部外者ではない。あなたは、俺たちのおかんだ。そういう言い方はやめてほしい。」
何も関係がない、なんて断ち切らないでくれ、と、思う。ティエリアには、組織以外に帰れる所は、ここだけだ。
「ごめんごめん。おまえらのおかんはやるさ。」
でも、事実、組織から外れてるんだけどなーと、親猫は微笑む。今の所属は、『吉祥富貴』で、組織ではない。
「次は冬になる。」
「はいよ。」
「その後は、まだ予定がわからない。」
「うん。」
「だが、必ず帰って来るので待っていて欲しい。あなたと、他にも遊興施設へ行ってみたいし、あのバカどもとも一緒に行きたい。」
「もちろん待ってるさ。アレハレルヤが戻るのも楽しみにしてる。いつか、みんなで行こうな? 刹那も含めて四人でさ。」
作品名:こらぼでほすと 休暇5 作家名:篠義