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15年先の君へ

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その15




どん、と音がした。次いで何かが床に転がる音。
不思議に思い振り返ると、足元で子供がひとり転がっていた。
衝撃はなかったが、どうやらぶつかったらしい。俺は立ち止まっていたので、向こうから突っ込んできたのだろうか。
いくら子供のスピードとは言え、俺にぶつかるなど壁に衝突するようなものだ。床に尻餅をついたままのそいつを、しゃがんで覗き込む。

「…大丈夫か?」

見たところ額が赤く腫れていたが、どうやら他に怪我はしていないようでほっと安堵する。
だが子供は、途端にうぇ、と顔を泣きそうに歪めた。泣かれてはたまらず、俺は床に落ちた何かのおもちゃを拾い上げた。

「泣くなよ、ほら」

剣を模したプラスチックのそれを手渡して、頭をわしゃわしゃと撫でてやる。子供のグッと堪えた様子に息をついていると、次はすみませんと慌てて女の人が駆けて来た。
母親のようで、ぶつかった一部始終も見ていたらしい。ぺこぺこと何度も頭を下げるそれに適当に言葉を返し、最後に子供のたどたどしいごめんなさいを受け取ると、俺はまたひとりになった。
昼下がりのショッピングモールは、休日ということも相俟って人が多かった。待ち合わせに指定されたここでまさか喫煙するわけにもいかず、暇を持て余している。
が、またもどんと音が聞こえた。今度は明らかに背中に何かがぶつかったのがわかる。何故なら俺の腹の前で回された腕の感触があったし、背中にくっつく体温があったし、何より、どーんと聞こえた声には嫌というほど聞き覚えがあった。

「…何してやがる」

振り払うのも面倒で俺はそのまま首だけで奴を確認する。臨也はそんな俺の様子にあれぇ、と口を尖らせた。

「俺は撫でてくれないんだ?」
「見てたんならさっさと来い」

待ちくたびれたと言えば、臨也は俺から離れ、笑いながら目の前に移動した。

「だって人が多いからねぇ。楽しくてさ」

呆れて言葉を返すのも面倒だ。こいつは相変わらず人間観察なんてよくわからないものを趣味としているらしく、こういった場所に来ると俺と臨也は自ずと単独行動になる。別に仲良く買い物する必要もないので俺としては気が楽でいいのだが、こうやって毎回待たされるのはいただけない。
ここでの用事はすべて済んだので、俺の足は勝手に出口へと向かう。臨也の野郎も、勝手にとことこついて来た。

「シズちゃんはさぁ、何買ったの?」

訊いておきながら俺が答える前に手から買い物袋を奪われる。あ、と声を上げるものの、既に袋から中身が取り出されていた。
訝しげに顔を顰めた臨也がケースを開けた。途端、その場で爆笑する。
だから嫌だったのだと、俺はイライラを抑えながらずんずん足を進める。
ひーひー言っていた臨也はそんな俺の速さについてきながら、手にしたサングラスをひらひらと振ってみせた。

「その格好にサングラスとか、冗談だよね?一体どういう組み合わせ?」

俺は普段、幽から貰ったバーテン服を着用している。いつの間にかそれがトレードマークになるほどなのだが、それにサングラスをかけるなど更に違和感が拭えなくなる。
それは俺にもわかっていたのだが、何気なく見ていたこのサングラスが無性に欲しくなったのだ。
何かのブランド物のようでそれなりに値が張り、もしかしたら俺の人生の中で一番高い買い物だったのかも知れない。

「シズちゃん」

グイと袖を引かれたのでアァ?と振り返る。そこには俺がさっき買ったばかりのサングラスをかけた臨也が、どうだと言わんばかりに突っ立っていた。
それがあまりにも似合ってなくて、俺は思わずニヤリと笑ってしまう。

「やっぱり手前にそれは似合わねぇな」
「…やっぱりって何。まさか俺にかけさせるつもりだったの?」

一蹴されたのが面白くなかったのか、臨也が拗ねたように言ってきた。その言葉に、確かにと俺は今の自分の言動を振り返る。
俺は間違いなく自分用にこれを買ったはずなのだが、何故そんなことを思ったのか。

「まぁいいけど」

言い捨てて、臨也は立ち止まる俺の顔にサングラスをかけてきた。色の濃くなった視界の中で、臨也がにんまりと笑う。

「これは君が一番似合うんじゃない?」

けたけたと笑いながら言う奴の言葉なんて信じられるかと吐き捨てると、やたら上機嫌のあいつは俺の手を掴んで足を進めた。

「早く帰ろうよ。お腹空いた」
「…いいけどよ。作るんなら手前も手伝え」
「えー」
「一緒に住んでるなら、そんくらい当たり前だろ」

子供のように口を尖らせる臨也はしぶしぶ納得したようだった。歩きながら今日の献立をどうするか思案していた俺は、再び振り返る臨也と目が合う。後ろ向きのまま歩き始めて、手前は大人しく前見て歩くことも出来ないのかと呆れ返った。全く忙しい奴だ。

「昔はさ、まさかシズちゃんとこんなことになるなんて思ってもみなかったよね」

可笑しそうに呟くあいつに、俺は否定しなかった。あの頃は顔を見れば殺し合いを繰り返していたのに、なにがどうなってこうなったのか、俺の一番の謎である。新羅なんかは人生で二番目に起きた奇跡だと捲くし立てていた。ちなみに一番はセルティに出会ったことらしい。
お喋りで苛々してうざくて、いいとこなんてひとつも思い当たらないのに切り離せなかった。腐れ縁というやつだろうか。臨也のことを好きか嫌いかと訊かれれば、俺は黙るしかない。好きでもあるし、嫌いでもある。こんな感情を何と言うのか、俺にはわからないのだ。
だが確実に言えることは、俺は今の暮らしにそれなりに満足していた。世間一般で言えばたぶん、幸せというやつだ。
三十を過ぎて、そんなことをしみじみ思うようになった。歳だろうか。

「ねぇシズちゃん」

ぴたりと臨也が足を止めた。少し遅れて俺も立ち止まる。
迎え入れるように両手を広げて、臨也は綺麗に、笑ってみせた。

「十年経っても二十年経っても、死んでも君を愛してるから」

臆面もなく言った臨也に、こんな場所で何を馬鹿なことを思った。思ったのだが、俺はそれにうまく言葉が返せなかった。
こいつが軽口を叩くのはいつものことだ。それなのにどうしてか、その言葉だけは嫌に心に響いた。嬉しいような、悲しいような、そして少し、懐かしいような。
そんな感情が入り乱れて、俺は押し黙る。
サングラス越しに見える世界が、少しだけ滲んで消えた。


作品名:15年先の君へ 作家名:ハゼロ