こらぼでほすと 桃色子猫
「黒子猫ちゃんは、そろそろか? 」
「いや、十月くらいじゃないか? 」
「次は、ブースターが必要になるな。」
「どうだろうな。てぃえニャンは、戻れって伝言したけど、あの黒子猫が素直に言うこと聞くとは思えないぜ。」
ただいま、人革連の奥地へ潜入している黒子猫にも、組織からの召集はかかるだろう。だが、大人しく言い成りになるとは思えない。まだ、しつこく、あっちこっち放浪するんじゃないか、と、ハイネは予想している。それとも、しばらくは、親猫にくっついているかもしれない。
「あははは・・・黒子猫ちゃんは、マザコンだからなあ。まあ、あれはあれで可愛いんだけどさ。」
「でも、随分としっかりしてきたとは思うよ。」
三年前からすれば、黒子猫も成人して大人びてきた。ひとりで、世界の歪みを確認するための放浪は、やはり、黒子猫の経験値を底上げしている。そして、動けなくなった親猫に頼れなくなったから、さらに、強くもなった。
「ああ、いい面構えにはなってきたさ。」
「再始動後のリーダーは決まりだろうな。」
親猫が、そう望んでいたのだが、その通りになっても、親猫は喜んだりはしないんだろうな、と、内心でハイネは苦笑する。
だいたい、特区のお盆というのは、ピークが、13、14、15日あたりで、16日は、ラストということになる。
「13日に迎え火で、ご先祖さんやらの霊を出迎えて、16日の送り火でお帰りいただくんだ。この期間だけ、あの世にいる人たちが現世に戻れることになっているから、気になっている人たちの様子を覗きに来るんだよ。」
と、まあ、年の功でトダカは説明してくれたが、仏教とは、なんぞや? な、ニール辺りには、ピンと来ない風習だ。要は、冥界で暮らしている自分の関係者(おそらく極東限定で) が、里帰りするようなものだろう。
そのトダカも、15日から、オーヴへ、こっそりと里帰りした。あちらに、慰霊碑があるので、そこへ墓参りに出かけたのだ。15日は、朝から墓参りの人たちも盛況だったが、それも夕刻前に、ぴたりと止んだ。大きな墓所ではないが、そこそこの広さはあるので、バイトの坊主たちも、さすがに、ぐったりしている。連日の晴天と高温の中での読経は、いい修行ではある。
「お疲れ様でした。脇部屋で、休んでください。」
寺の手伝いが、そう声をかけると、ぞろぞろと本堂のほうへ戻っていく。明日で、一段落だと言われているので、ニールのほうも、ようやく終わりか、と、背伸びをする。三蔵の檀家廻りも、そろそろ終わるだろう。後は、どうしても、明日しか予定が取れなかったところが、数軒入っているだけだ。
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・・・・・うちは、もう眠りについてるからなあ・・・・・
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キリスト教では、死者の里帰りなんていう行事はない。神の御国に行ける日まで眠り、その日になったら復活するという考え方だから、毎年なんてことはないし、眠りから覚めるのは、ずっと先の話だ。両親と妹は、そちらで眠っているだろう。
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・・・・俺、一緒に行けないかもな、審判で落とされそうな気がする・・・・・
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そんなことを考えつつ、バイトたちのために用意していた飲み物を引き上げて、タライの水も捨てる。もう一日だが、明日は大したことはないだろうとのことだ。悟空たちは、カガリの別荘を満喫しているらしく、時折、写真が添付されたメールが届く。大きな魚を掴んでいる悟空とか、バナナボートから手を振っている桃色子猫とかの映像だ。お盆が明ける17日に戻ってくるので、それから、あちこち連れ出すつもりだ。
「生きてるかー? ママニャン。」
「よおう、俺らにメシを恵んでくれないか? 心優しきママニャン。」
境内のほうに戻ってきたら、家の前にデカイのが二人立っていた。歌姫の護衛だ。
歌姫は、オーヴのはずなのに? と、親猫がきょろきょろするが、他には誰もいない。
「俺たちだけだ。ラクス様は、オーヴ。俺らは、ラボの応援だったんだ。」
ヘルベルトとマーズは、ラボの応援に出ていたが、歌姫様が16日には移動するから、引き上げてきた。明日は、朝からオーヴへ移動して、護衛を再開する。で、まあ、たまには、のんびりと酒でも呑んで美味いもんでも食おうか、と、ふたりして街へ繰り出したら、とんでもない混雑で、ホウホウの体で脱出して来た。あんなに混んでいては、どこでもゆっくりと飲み食いは無理だ。お盆休みというものだと、ふたりとも失念していたらしい。
「で、俺が思いついたわけさ。寺なら家庭的な美味しい料理が食えるな、と。」
家庭的な味というなら、わざわざ、混雑した店に行かなくても、寺の女房に頼めばいいんじゃないか、ということに結論して、飲み代に、缶ビールの箱を、ひとり二個ずつ抱えて運んできた。
「悪いが食わせてくれないか? 」
「そういうことなら、どうぞ。でも、新鮮な刺身とか、そういうのはないですからね? 」
「そんなもんはいらん。タコの酢の物とか、筑前煮とか、そういうものを希望だ。」
「そういうのなら大丈夫です。」
さあ、どうぞ、と、家のほうへ招き入れる。そこへ、本堂で休憩していたバイトたちが、「帰る。」 と、声をかける。
「お疲れ様、明日もよろしくお願いします。 」
はーい、と、元気に挨拶して出て行くバイトたちは、マーズとヘルベルトの見事な体格に驚いてはいるが、適当にスルーした。
「バイトか? 」
「ええ、悟空をオーヴにやったから、いつもより大目に頼んでるらしいですよ。」
「おまえ、貞操の危機とか大丈夫か? 」
「はあ? 」
「いや、いろんな人間がいるからな。」
一人で、バイトの相手していて大丈夫か? と、マーズが真剣に言うのは、ヘルベルトとニールも呆れる。世の中、いろんなカップルがいるが、そうそう、一目惚れとかそういうことはないだろう。
「初日に、俺が三蔵さんの女房だと宣言したので、そういうのはないと思いますが? 」
「ああ、そりゃ、良い手だな。三蔵さんに敵うヤツは、なかなかいねぇーだろーからなあ。俺、生身で単独だと負けるかもしれん。」
「俺も、一対一はマズイ。三蔵のは武術じゃなくて喧嘩だからな、攻め方が掴めねぇー。」
元軍人現在傭兵のヘルベルトとマーズは、正規の訓練を受けているから、武術も一通り習得している。武術には、それぞれの流派で型が決まっていて、戦い方も、ある程度、基本の動作というものがある。だから、どちらも、それを踏まえて戦うわけだが、寺の坊主だけは、そういうのが一切ない。溜めとか防御とか、そういうのもない。いや、あるのだが、喧嘩が基礎になっている坊主は、いきなり全開で、相手を倒しにかかる。それには、ルールも基礎動作も、何もない。ただ、叩きのめすことが前提の動きだ。だから、戦いづらい相手であるらしい。
「あの人、最強なんですねー。」
玄関を上がり廊下を歩いている寺の女房は楽しそうに微笑んでいる。そらそうだろーと、ヘルベルトとマーズも肯定する。肉弾戦の修羅場を潜り抜けてきた猛者たちだ。生身での戦いなら、「吉祥富貴」最強のひとりだ。
作品名:こらぼでほすと 桃色子猫 作家名:篠義