こらぼでほすと 桃色子猫
「とりあえず、ビールとお摘みぐらいで始めといてください。マーズさんも飲みますか? 別に泊まってくれてもいいですよ? 」
漬物と茹で枝豆、もずくの酢の物辺りが、素早く卓袱台に並べられた。マーズは、普段は、飲まない。
「いや、ウーロン茶でいい。俺は、アルコールは分解しないんだ。」
「そうなんだ。シンより弱いから洒落にならないぜ。」
「うるせぇーよ。俺にも弱点はあんだよ。おまえだって、貝を食ったら暴れるじゃねぇーか。」
「ありゃアレルギーなんだから、しょうがねぇーんだよ。」
ぐだぐだと話つつ、缶ビールとウーロン茶が、カチンと合わせされる。ちょこまかと、お摘みが運ばれてきて、さらに卓袱台は賑やかになる。
「おかえりなさい、お疲れ様でした。」
どかどかと足音がして、黒袈裟の三蔵が帰って来た。いそいそと着替えを用意して、着物を脱がしている辺りが、さすが女房だ。
「なんだ? 」
「家庭料理の補充だ。俺の相方は飲めないんだ。付き合ってくれ。」
「それならいいさ。そこにあるのは、飲み代か? 」
ヘルベルトとマーズの背後には、缶ビールの箱が、四個鎮座している。目敏く、それを発見した坊主が、そこを指摘する。
「おう。足りなきゃ、また補充する。」
「いいだろう、付き合ってやる。」
そのまま、卓袱台に着こうとしたら、女房に腕を掴まれた。
「三蔵さん、まずは、風呂で汗を流してください。はい、着替え。」
「ああ、そうだな。」
午後一杯を、スクーターで走り回っていて、塩でも吹きそうな状態だ。だから、まずは、汗を流して、さっぱりしてから食事してくれ、と、女房は準備をしている。坊主も、それに気づいて、先に風呂へ消える。
温かいツマミは、もうちょっと待ってくださいねーと、ニールも、そこいらの袈裟とか着物を片付けて台所へと戻る。毎日、こんな調子だから、どっちも、いつもの行動だ。
「すっかり、女房が板についてるなー。」
「ほんとだなー。こりゃ、ハイネが嫁にしたいってのも、頷ける。」
ヘルベルトとマーズは、その夫婦らしい様子に微笑んで、ごくごくと飲みものを煽っている。
一週間なんて、あっと言う間だなぁーと、カガリはテラスから海を眺めて背伸びする。そうですねーと、歌姫様も、うーんと背伸びする。楽しい休暇は、本日の朝で終わりだ。どちらも、通常業務が待っている。
キラとアスランは、カガリと一緒に、オーヴのほうへ仕事で出向くので、ただいま準備中だ。そして、シン、レイ、悟空は、浜辺をランニングしている。それが、眼下に見えていて、フェルトもテラスから覗いていた。
「フェルト、残りの一週間は、ニールに存分に甘えて来いよ? 」
「うん、そうする。」
「お帰りの時は、私とキラと一緒にエターナルで宇宙へ上がりましょうね? フェルト。」
「うん。」
ちょうど、プラントからの呼び出しを歌姫様が受けていた。さらに、キラにもシステムの相談をしたいとのことで、珍しくキラとラクスがプラントへ遠征することになっている。日付けは、八月後半という、ざっくりしたものだったから、それなら、と、キラがフェルトが組織へ戻る日に合わせたのだ。軌道エレベーターで帰るより、何かと便利だし、フェルトが一人で、乗り継ぎをしなくてもいいから、そのほうが親猫も安心する、ということらしい。
「私は、ここでお別れだ。フェルト、また会おう。必ず、前を向いてろ。そして、何が何でも生き残れ。いいな? 」
もしかしたら、これがラスト休暇になるかもしれない、と、フェルトは話していた。そして、カガリは、もし桃色子猫が数日降りて来られても会えないかもしれない。だから、ここで、しばしの別れをする。ラクスたちが、こっそりと救助するとは言うものの、諦めずにいてくれなければ、救助は難しくなる。
「わかってるよ、カガリ。」
「メールは、たまにするつもりだが、忙しかったら言葉は返さなくてもいい。ただ、空打ちで返信してくれるか? おまえも、時間があったら送ってくれ、私も忙しかったら空打ちする。」
「大丈夫。でも、再始動したら少し難しいかもしれない。」
「ああ、おまえらが派手に動いたら、それはそれでわかるさ。」
オーヴ本国は、組織の介入行動に、何も反応するつもりはないが、情報は押さえておくつもりだ。それによって、今の連邦が、どう動くかで、オーヴの対処も変わってくる。まあ、どうせ、数に物を言わせて戦うつもりだろう、とは予測している。
「元気でな? 」
ぎゅっと抱き締めて、カガリは呟く。まだ、十代の桃色子猫は、これから戦いのある世界へ戻る。引き止められるものなら、そうしたいところだが、それは叶わない。桃色子猫は世界を変えたいから、その戦いをするのだ。
「カガリもね? また、遊んでね。」
桃色子猫も、カガリの背中に手を廻す。死ぬつもりはない。何が何でも生き残るつもりはしている。そうしなければ、次はないのだ。
「もちろんだ。いい女に成長してくれ、フェルト。そしたら、私とデートしよう。」
「あははは・・・カガリ、おじさんみたいだよ。」
「もちろん、私も成長しておくさ。おまえをエスコートしてもおかしくない大人な女性にな。」
「楽しみにしてる。」
「もし、年末年始に降りてくるなら、早めに連絡してくれ? 」
「うん、なんとか降りられるように手配はするつもり。」
「一日くらいなら、キラに代わって貰って会えるようにする。」
多忙な某国家元首様だが、影武者がいるので、一日くらいは、どうにかなる。もし降りてくるなら、それを使って会うつもりだ。それぐらい、カガリはフェルトが愛しいらしい。
「失くすものは一杯ある。けどな、泣いてる暇はない。いいな? 」
「うん。」
「おまえには待っててくれるのが一杯いるんだからな、忘れるなよ? おまえのおかんなんか、戻らなかったら道連れになってしまうぞ? 」
「わかってる。ニールとも、そう約束した。」
すっかり桃色子猫は、『吉祥富貴』スタッフの妹分だ。誰もが、その安否を不安に思うだろう。後方支援とはいえ、MSの母艦に乗り込むのだから、リスクとしては、マイスターたちと同等だ。以前の時も危なかったと聞いている。
「あー閉じ込めておきたいなー。可愛すぎるぞ、フェルト。」
ぎゅうぎゅうと抱擁して、カガリは苦笑する。これからのことを考えたら、そうしたいところだ。だが、それはできないのだ。
「ヤダッッ。」
「わかってる。言ってるだけだ。」
すまない、と、頭を撫でているカガリに、フェルトも微笑む。しばらく、カガリに桃色子猫を独占させていた歌姫様が、それを引っぺがして微笑む。もちろん、桃色子猫は、自分の腕の中だ。
「カガリ、それでは恋人同士の戯れですわ。」
「しょうがないだろう、ラクス。フェルトは可愛いんだから。」
「それはそうですけど。やりすぎです。」
無口な桃色子猫が気に入っているのは、カガリだけではない。ラクスも大のお気に入りだ。
「私も、これから仕事で、一週間、特区には戻りません。ママのことをお願いしますね? フェルト。」
「うん、了解。」
作品名:こらぼでほすと 桃色子猫 作家名:篠義