こらぼでほすと 桃色子猫
夕方までに帰ります、という連絡は受けていたから、食事の準備だけはしておいた。ようやく、お盆ウィークも終わり、墓所への墓参り客も落ち着いた。今日から、通常営業とばかりに、坊主はパチンコに出かけている。
で、なぜなんだか、先に宅配便が届いた。それも、クールなのが五個。それも、大きな発泡スチロールの箱だ。送り主は、某国家元首様になっていて、内容は海産物と書かれている。
・・・・またか・・・・
前回も、ものすごい量だったが、さらに上回る勢いだ。アスランに伝言は頼んだが、聞き届けてはもらえなかったらしい。とりあえず、開けてみるか、と、一個ずつ箱を開封してみると、前回と同じような内容物だ。わさわさと、大きなエビがオガクズの中で蠢いているし、魚の切り身も、丸々二箱に大量に入っている。そして、もうひとつは、果物詰め合わせ、残りは、オーヴの塩干モノで、魚の干物が大量に入っていた。
「えび、どうしようかな。」
いくら家事万能なニールといえど、生きたままの大きなエビなんてものは、どうしていいのかわからない。前回は、トダカが捌いて、剥き身にしてくれたので、それを刺身にしたり茹でて食べたりしたのだ。
「トダカさん、お願いがあるんです。」
こればかりは、どうにもならないと判断して、里の父親に泣きつく。本日は、ウィークデーで、店があるので、今から行く、と、トダカは飛んで来てくれた。
「すいません。」
「・・・えーっと、これ、全部かい? ニール。」
さすがに、デカイ発泡スチロールの箱が五個は、トダカも絶句した。これは、さすがに一人で出来る限界を超えている。
「いえ、一箱です。・・あ、そうか、店に運べば消費できますよね? 」
今日から、店は再開する。それなら、こういうのがあれば、珍しくていいだろう。こんなにあっても、さすがに、冷蔵庫に納まる量ではないから、寺での消費にも無理がある。
「じゃあ、適当に剥き身にしておこう。後は、店で爾燕さんに、どうにかしてもらうよ。」
トダカも、その方向で、と、とりあえず、寺で消費できるだろう分だけを解体することにした。ニールのほうは、魚の切り身の箱をひとつ、取り出して冷蔵庫に収納した。塩干物は、トダカも食べるだろうから、それを少し分けて、三分の一くらいを、これまた冷蔵庫だ。果物は、全部が熟れていたから、こちらも半分を引き取って、残りは、もう一度パッキングした。適当に店で消費してもらえばいいだろうという算段をした。夫婦ものがいるから、そちらで分けてもらえば、消費も加速するはずだ。
「カガリって、天邪鬼なんですか? 少し控えてくれって伝言したんですよ? 」
それで、余計に増えてるし・・・と、ニールが呆れて笑う。
「悟空くんの食いっぷりから、このぐらいってことなんだろう。カガリ様は、天邪鬼ではないよ。」
腹の辺りに包丁を差込み、胴体と頭を分断しつつ、トダカが返す。やりすぎるぐらいにやりたいっていうのが、本当のところだろうな、と、内心で笑っていたりはする。何個か剥き身にする実演をしてもらい、ニールもやってみるが、生とうのは剥き辛いし、動きまくるので、うまくいかない。
「そこはやってあげるから、ハサミで胴体を外してくれ。頭は二つに割っておくから、こっちは、焼くなり味噌汁にするなりしなさい。」
「こういう食材って、極東では多いんですか? 」
エビの胴体の両脇にハサミをいれて、中から身を取り出す。大きいから、たっぷりとした剥き身ができる。
「極東では多いかな。生で魚介類を食べる風習があるからね。」
「あーそうか。刺身もそうですね。・・・あれも、生きたやつを捌くんですか? 」
「そういうのもあるけど、普通は死んでるさ。」
刺身は、短冊になっているのか、すでに刺身になっているのを、スーパーで買ってくるから、こういう作業は、ニールもしていない。こちらに来て、初めて刺身という料理を知ったアイルランド人には、驚愕の事実だった。今では、そういうものも食べられるようになったが、最初は、かなりびびったのも事実だ。
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ほぼ、それらの作業が終わる頃に、悟空たちは帰ってきた。さすがに出勤だから、悟空とフェルトだけだ。他は、まず自宅へ帰ったらしい。
「なに? これ。」
「カガリからの差し入れだ。」
悟空も、さすがに、大量なんで驚いた。そして、トダカは作業が終わって、一息ついている。時刻は、おやつの時間を過ぎているので、そろそろ出勤時間だ。
「すまないが、悟空くん、これ、私の車に乗せてくれるかい? 」
多すぎるから、店で消費することになったんだ、と、説明すると、オッケーと悟空が四箱を運び出す。剥き身のほうは、少しだけ取り出して、ニールが刺身にした。三蔵の晩酌の肴にするつもりだ。
「ただいま。」
「はい、おかえり。焼けたなあーフェルト。」
ちょっとこんがりと焼けている桃色子猫に、親猫は微笑む。とりあえず、悟空と亭主のおやつや晩酌の準備をするから、待っててくれ、と、断りを入れて台所で料理をする。桃色子猫は出勤しないから、後からゆっくりと話は聞ける。
「じゃあ、娘さん。私は行くよ。」
「ありがとうございました、トダカさん。助かりました。」
「ははは・・・こういうことなら、いつでも呼び出してくれていい。フェルトちゃん、楽しかったかい? 」
「うん。」
「そりゃよかった。明日にでも、話を聞きに来るからね。」
慌しくてすまないね、と、トダカは桃色子猫に挨拶して、玄関へと向う。入れ替わりに、坊主のご帰還だ。
「ああ? 」
「カガリからの差し入れです。とりあえず、これで、晩酌しててください。」
とんっと置かれたのは、刺身のセットだ。少しずつ、いろいろな切り身が乗っかっていて、贅沢に、イセエビと思しきものまである。さらに、きゅうり入りの焼酎ソーダー割りも置かれる。
「桃色子猫、楽しかったか? 」
こいこい、と、手招いて、桃色子猫の相手をしつつ、それに箸を出す坊主は、ご機嫌そうだ。
「うん。」
「泳いだのか? 」
「毎日、泳いでた。シュノーケリングしてサンゴ礁で、魚を一杯見て、貝を獲ったりもしたよ。」
「美味かったか? 」
「うん、おいしかった。」
「ママ、これ、俺とフェルトで獲ったんだ。ヤコウガイっていうんだけどさ、めっちゃうめぇーから味見して。」
戻って来た悟空も、小ぶりの発泡スチロールを手にしている。生きてるのを持って帰ろうとしたら、別荘のスタッフに止められた。貝から身を剥がすのは難しいから、処理だけして持って帰りなさいと言われたのだ。生は、獲ってすぐでないと危ないからと、身は剥き身で茹でて、発泡スチロールで保冷までしてくれた。
じゃあ、それも出そうと、少し取り出して、適当に切り分ける。悟空には、ハンバーグピラフが用意されていて、それと一緒に卓袱台に置いた。
「フェルトも、麦茶でも飲むか? 」
「うん。自分でするー。」
作品名:こらぼでほすと 桃色子猫 作家名:篠義