東方無風伝 その5
「貴方は何者なの」
「俺は俺に過ぎない。風間と名乗る人間のような人外。または人外のような人間。おっと、外来人と言うのを忘れてはならないな」
「本当に、外来人なの?」
八雲紫は言った。
「貴方は、私が開いた隙間の中の眼に映らなかったのよ。考えられるのは、外の世界の魂が此方に入り込んできたか、何も入ってこなかったのか」
映らないとなれば、不可視か、初めから何も無いか。確かにそのどちらかに限られるな。
「外の世界に、今も魂と言う概念が存在しているのか、それどころか、幽霊がいるかなんて思えないわ。そのような非常識は全部此方に来るもの」
外の世界は常識の世界。幻想郷は非常識の世界。今やそれが世界の理。故に、非常識である幽霊や魂とやらは、全部此方の世界のものだ。
「そうなると、後者しかないわ。貴方は外来人のフリをしている幻想郷のモノ」
「残念。俺は外来人だ。これに嘘はないな」
おどけて言うが、八雲紫は気に入らなかったようで、相も変らぬ嫌らしい目つきで観察してくる。
「八雲紫、こちらからも一つ聞こう」
「何かしら」
「百年前のことを、覚えているか?」
「百年前の、何を」
「そうだな……では、百年前の今日を」
この質問に大した意味など無い。ただ八雲紫をからかうだけの、つまらない質問だ。
「さぁ、そんなもの欠片も覚えていないわ」
「そうだな。俺だって覚えていない。お互い長く生きた。故に繰り返される日常なぞ、すぐ忘れる。例えどんなに大切な過去だろうとも」
この幻想郷が外の世界から消えた。それから長い時が経った。自然と俺の記憶から、幻想郷や妖怪のことは消えてしまったのだ。
だから、この幻想郷に来ても俺は直ぐには解らなかった。八雲紫のことだってそうだ。この幻想郷でこいつと巡り会うまで、こいつの存在は完全に忘れていた。
記憶とは、非常に脆い。あっという間に劣化し、忘れた事実さえも忘れてしまう。記憶は記憶を塗り潰し、新たな記憶を形成していく。そうでなくては、あっという間に記憶のメモリ容量は満タンになり、膨大すぎるデータにパンクしてしまう。
忘却とは、救いなのだ。嫌なことも、良いことも全部忘れ、そうして新たな喜びを知る事が出来る。



