春の目覚め・3
そう言い、イギリスは部屋を出ていこうとした。が、再びの来訪者に阻まれてしまう。
来訪者はロシアだった。なぜか怒ったような笑顔を浮かべている。笑顔なのだが、確実に怒ってるだろうという顔。
「ねぇ、君たちは無条件降伏をしたんだよね?」
「だから、ここに投降してんじゃねぇか」
ロシアの凄みのある笑顔の問いに答えるのはプロイセンだった。
ロシアの笑顔が更に凄みを増していく。
「だったらさぁ、どうして僕のとこの飛行部隊が撃墜されちゃってるのかなぁ?」
「ああ?」
「ついさっき報告が入ったんだよね。君のとこの戦闘機に一部隊が撃墜されたって。ねぇ、降伏してるのに、どうしてかなぁ?」
怒りの籠もった笑顔のままにロシアは出来る限りの軽い口調で言う。が、声音に怒りが漏れまくっている。
「………あいつか」
「………あいつだな」
プロイセンとバイエルンは小さくぼそぼそと呟きながらも、露骨に視線を逸らしていた。思い当たる軍人がいるようだ。
ロシアは怒りが収まらないというように更に間合いを詰めて歩み寄る。
「ねぇ、なんで降伏した君のとこの戦闘機に僕の飛行部隊が落とされてるのかなぁ? 彼だよね? いい加減に、彼を僕のところに引き渡してくれ ないかなぁ?」
「…いや、それは、どうかな」
決まりが悪そうにプロイセンは視線を逸らしたまま呟く。が、そこにイギリスが割り込んで来た。
「おい。話に上がってる奴ってこいつだろ?」
と写真を掲げて。
「そうだよ。この彼」
「あー…、まあ、そうかな」
ロシアとプロイセンの返答に、イギリスは面白そうだという調子で話を続けた。
「今、この基地に投降してきてるぜ。報告に上がってきた」
「!!」
「……よりにもよってここに投降して来やがったのか、あいつは」
「それで、だ。俺たちもこの男には興味がある。ロシアをあれほどまでに苦しめる戦闘機乗りって奴を見たくてな。話も聞きたい。どんな戦闘機に乗っていたのか、どういう操縦をしているのか」
「いや、ただの古い型の戦闘機でデタラメな操縦してるだけだぜ、あれ」
「興味あるんだよ! ロシアを苦しめた戦闘機乗り、爆撃王にな」
プロイセンはイギリスの意図が読めずに困惑気味に返答していく。しかし、ロシアの苛立ちは増すばかりのようだ。
「イギリス君が興味持ったからって、何なの?」
「この男は、今から我がイギリス軍の管理下で扱わせてもらうってわけだ」
「…!? ちょっと! 駄目だよ、彼は僕に引き渡して!」
「お前に渡せば殺すだろうがよ」
「当たり前じゃないか! こっちは懸賞金まで賭けてたんだからね!」
「じゃあ、尚更だ。こんな面白い人間は我がイギリス軍で引き取らせてもらう。現実に、この男はここに投降してきたんだ。ロシア陣営ではなく、このイギリス陣営にな」
「困るよ! 彼は僕にちょうだい!」
「断る。俺のとこで預かる。聞けば、殺戮にも関与してないらしいから、戦犯になることも無いだろうしな」
「ふざけないでよ、イギリス君!」
「お前相手にふざけるかよ」
「僕を怒らせる気?」
「お前こそ、イギリス・アメリカの管理下の土地に勝手に乗り込んで来て勝手な行動が許されるとでも思ってるのか?」
「………、」
イギリスの思いも寄らぬ発言に、ロシアは完全に鼻白んでいる。
イギリスがあのロシアを遣り込めるとは、何とも貴重な光景が見れたもんだとプロイセンは思いつつも、命拾いしたなあの男、と安堵の思いも込み上げていた。
まだまだ色々と遣ることもあるのだろう。ロシアは苛立たしげにしながらも、
「今日のところは、引き上げてあげる」
と言い放ち、踵を返す。
「君たちとは、本当に気が合わないね」
部屋を出て行く寸前にロシアは僅かに振り返り、精一杯の嫌味を放った。イギリスが馬鹿にしたように笑ってみせた。
「お前と気が合ったことなんか一度としてあったかよ」
「アメリカ君に泣き付かないと負けてたような君が、何を偉そうに」
「――…! だが、現にアメリカは俺の横にいる。何の問題も無いだろう。お前と同盟を組む必要も無くなった訳だ」
「そうなんだぞ。俺は、イギリスの味方だからね。君と手を組ませるくらいなら、どこにだって飛んで行くんだぞ。だから、君とはどう足掻いても絶対 に仲良く出来ないからね」
今までイギリスの傍らで我関せずな態度で事態を眺めていたアメリカが、いきなりロシアに圧力を掛けるかのように口を開き、その場にいた者たちを少なからず驚かせた。
大戦の最中からその兆しは見え隠れしていたが、ここに来てあからさまになってきているようだ。アメリカとロシアとのイデオロギーの違いによる対立は。
プロイセンは僅かにだが顔を顰める。後に、皆が敗者で勝者などいない戦いだったと言わしめたこの戦い。その中で強大な影響力を保持したままの国はアメリカとロシアだと言えた。
この二国の対立が悪化するなど、厄介なこと以外に何もないだろう。
俺たち――ドイツの処遇どうのだけじゃ収まらねぇんじゃねぇのか…。
嫌な感じが拭えず、プロイセンは無意識に乾く唇を舐めて湿らせる。
しばらく無言でアメリカを睨むように見つめていたロシアは、
「君たちとは、本当に気が合わないね。今後、僕は僕の好きなようにさせてもらうからね」
言い捨て、今度こそこの陣営から出ていった。いつもの薄く笑った表情を消し露骨に不快と怒りの感情を浮かべたままで。
「うっわああああ! こっええええ!」
ふざけているつもりは無いのだが、ふざけているとしか聞こえない発言をするのはやはりプロイセンで。馬鹿騒ぎでもやってないとおかしくなりそうなのだ。
「うるさいぞ、プロイセン」
今の今まで、一切の口を聞かずに静観を決め込んでいたバイエルンがようやく言葉を発すれば、プロイセンへの苦言である。
「うるせぇ」
とだけプロイセンは返した。
バイエルンから顔を背け、そのまま横目でアメリカとイギリスを眺め遣れば、こちらも怒りに振るえるアメリカの姿が目に入る。
戦いが終わると同時に新たな戦いが始まっている。元々、利害も一致していない連中だったのだ。敵の敵は味方というだけで手を組んだ連合軍という存在。その敵が降伏すれば、新たな敵は初めから気が合わなかった相手に戻るだけ。
こんな連中に裁かれることになるのか、俺たちは…。
そんな思いすらも浮かんでしまうほどに陰鬱な状況だった。
「茶ぁ淹れてくる…」
イギリスがロシアに阻まれてしまっていた目的を再び口にすると、重い足取りで部屋を出ていく。
アメリカは、近くにあった椅子を引き寄せると苛立ったままの動作でどかりと座っていた。
プロイセンは、静かに眠るドイツの傍らに戻るとそのまま床に腰を下ろす。
なぜかバイエルンが隣に座ってきた。
「なんだよ…。まだなんか文句あんのか?」
「………」
「何なんだよ…? 気持ち悪ぃな」
プロイセンの悪態にも、どういうつもりかバイエルンは何も言わなかった。
居心地が悪そうにプロイセンはもぞもぞと座り直し、それからドイツの頬に触れ、その存在を確かめるようにゆっくりと撫でてみる。
依然としてその体は冷たい。
「今はまだ…」
「あ?」