春の目覚め・3
イタリアに続いてフランスとイギリスまでもが駆け込んで来た。
「…おい、何だよ? 日本に何があった?」
胸がざわつく。イタリアがプロイセンの側によろつきながら歩み寄ってくる。
「プロイセン…、どうしよう…。日本に原子爆弾が使われたって…」
イタリアがプロイセンにしがみついたまま泣き崩れていく。
「―――な、んだと…?」
あれが、よりによって、日本に落とされた、だと…?
どうして、そんなことに…。
何で、日本に…。何で、日本なんだ。
「アメリカ、お前…」
プロイセンはアメリカに怒りの籠もった視線を向けた。アメリカは静かにそれを受け止めていた。
「日本の上司は再三の勧告にも従わなかったじゃないか。何度も降伏の機会を与えてあげてたのに、全て拒否したのは日本じゃないか!」
「だからって、じゃあ、何で二発も落とした!?」
アメリカに詰め寄るのはイギリスで。
「何だよ、君たちは! 俺に散々ドイツより先に原子爆弾の開発を成功させろって言っておいて、使うべき時に使っただけなのに、それなのに今度は文句を言って、俺を悪者扱いでもする気かい!? 君たちも作れって言ったくせに、なんだよ!? どういう了見だよ!?」
「……―――、」
「………」
イギリスとフランスは共に言い返すべき言葉が見つからずに押し黙ってしまう。
イタリアの小さな泣き声だけが響いていた。
「日本の上司は、慌てて降伏を申し出て来たよ。どうして、それがいけないんだよ」
間違ってはいないと、アメリカは悔しそうに呟いていた。
重苦しい沈黙が支配する空間。
誰も何も言葉を発せないまま、時間だけが過ぎていくようだった。
そこに、再び慌ただしい足音が近づいてくる。
アメリカの部下と思われる軍人だった。
「報告します」と敬礼し、アメリカだけではなく、その場にいるものにも聞こえるように伝令を口にした。その内容に、プロイセンとイタリアは愕然とし 、アメリカは怒りを爆発させた。
ロシアが日本の領土内に攻め込んだ、という内容のものだった。
「shit! 日本はもう降伏したんだぞ! 今攻め込むのは卑怯以外に何もないんだぞ!」
アメリカは叫ぶと同時に部下を伴い基地から出ていってしまう。
ロシアと戦争する気じゃねぇだろうな…、そう物憂げに呟くのはイギリスだった。
「貴方は、本気で言っているのですか!?」
「この案が一番妥当じゃねぇかよ。影響力はある割に実害は少ない」
「……それは、そうかもしれませんが…、しかし…」
「他にどうやってこの混乱を沈められるって言うんだよ」
「プロイセン…。貴方は、今度こそ…」
「俺様は最強! 心配ご無用!」
「……ドイツが聞いたら、怒りますよ」
「ヴェストに怒られるのなんか慣れてるってぇの」
「プロイセン…」
どこまでも軽い明るい調子で言うプロイセンにオーストリアは悲しげに視線を落とした。
「これ以外にも、まだ何か案は出てくるだろう!?」
フランスが気遣わしげに言い寄ってくる。それすらもプロイセンは跳ね返した。
「王国の滅亡、参謀本部の解体、それでもしぶとく生き残り続けたこの俺様がようやく消えるんだぜ? 潰したかったプロイセン様をやっと消せる機会だってのに、嬉しくないのかよ?」
「……そりゃ、散々邪魔ばっかしてくれたお前には腹立つことばかりだけど、こんな遣り方は…。全部お前一人に押し付けてるだけじゃないか」
「俺一人で十分だろうが。これ以上ヴェストに余計なものを背負わせられるかよ」
「ドイツが、また暴れるよ?」
「暴れねぇよ、賢い俺のヴェストは」
「闇に葬られて、平気だと、貴方は思うのですか…」
「俺の役割がそれだったってだけの話だろ?」
「プロイセン…」
代案が浮かばないまま、オーストリアもフランスも苦渋に満ちた表情で押し黙るしかなかった。
法令第46号に則り、1947年2月25日より「軍国主義の象徴とされたプロイセン王国の解体指令」の効力が正式に発揮される。
それは、戦後処理の大締めとも言えた。
ゆっくりと目が開かれる。
眩しい。思わず手のひらを翳し光を遮ろうと試みるがどうにも体が重い。
今度は両の腕に力を込めて上半身を起こしてみた。起こしてみて自分がベッドに横たわっていたことを自覚する。
「どこだ…?」
「!! ドイツ! ドイツ、起きたんだね! 良かったよぉ! 俺もうドイツとお喋りも出来ないかと心配で心配で…!」
「イタリアか…。何でここにいる?」
「ドイツ、お前はずっと意識無くして眠ってたんだよ」
「…? 戦況はどうなった?」
「もう、全部終わったよ。俺たち負けちゃった。今は敗戦処理ってやつで追われてる」
「負け…た?」
呆然とした様子で動きが固まってしまったドイツをイタリアは気遣わし気に見守る。
「イタリア、何を騒いでいるのです? おや、ドイツ、ようやく目覚めましたか。プロイセンを呼んで来なくてはですね」
「兄さん? 兄さんは無事なのか!?」
「今のところ、無事ですよ。…とりあえず、貴方が目覚めたのなら仕事は貴方に回すべきですね。今までの内容が記されてますから、これに目を 通しておきなさい。私はプロイセンを呼んできてあげますよ」
オーストリアから渡された書類の束を受け取り、まだどこかぼんやりした様子のままドイツは種類に目を通していく。自分が意識を手放してから起きた出来事を把握するために。一枚一枚に目を通し、ゆっくりと書類を捲っていく。
そして、最後の記述に目を向けたドイツの目が大きく見開かれた。震える手元から、ばさばさと書類の束が落ちていく。
ドイツはまだ動きの鈍いままの体を強引に動かし、ベッドから降りようとした。
慌てたイタリアが止めにはいるが、錯乱したかのようにドイツは暴れる。
「ドイツ落ち着いて! まだ無理しちゃダメだよ!」
「兄さん! 兄さんは…!」
「何をしているのですか! 静かになさい!」
一人で戻ってきたオーストリアをドイツは呆然と見つめる。
「オーストリア…、兄さんは、どうなった? この解体指令とは何だ!? 俺は認めてない! こんなもの認められるか!」
「落ち着きなさい! それはプロイセンを初めとするドイツ諸邦たちの合意の上です」
「こんなものが認められるか!」
叫ぶドイツの目の前に一枚の書面を突き出すオーストリア。そこに書かれた解体指令についての記述。最後にサインされているのは、プロイセ ンを筆頭にバイエルンやザクセン、自由ハンザ都市たちなど、ドイツ内の有力国たちの名前だった。
「貴方のサインの代わりとなるには、十分すぎる連名でしょう」
「ふざけるな! 俺は認めない! 認めんぞ!」
「落ち着きなさいと言っているでしょう!」
「落ち着いていられるか!」
「他に、国を守る方法が無かったのです!」
「こんなことで守る国などいらん!」
「馬鹿を言いなさい! 貴方は、報復戦争を引き起こしたいのですか!?」
そう叫ぶオーストリアの声に、抵抗していたドイツの体からがくりと力が抜け落ちた。
「すでに、各地でドイツ人狩りや追放運動が始まっているのです。これ以上、貴方の国民たちを苦しめるつもりですか…?」