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春の目覚め・3

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 半分立ち上がり掛けていたドイツの体はよろめき、力無くベッドの上に座り込んだ。
「なんで…、こんなことになるんだ。…こんな結末を望んで戦った訳じゃない。なんで、こんな…!」
 絞り出すような声でドイツは呟く。
 唇を噛み締め、オーストリアは顔を俯けた。
「許してください。私は永世中立国となることで、この度の戦犯を免れることになりました」
「お前に責は無いだろう…。俺が、もっと…」
 迷い子のように不安げに、ドイツは呟き顔を両手で覆った。泣き出す前の子供の様に。
「あの、オーストリアさん、プロイセンは?」
 そのイタリアの問いにドイツは驚いたように顔を上げる。
「兄さんは、無事なのか!?」
「ですから、今のところ無事だと最初に言ったでしょう! 探してみましたが、見つからなかっただけです!」
「兄さんは、消えてない…」
 掠れた声で呟いた時、「よぉ、ヴェスト! やっとお目覚めか!」という騒々しい声と共に乱暴に扉が開け放たれる。
「兄さん!? 兄さん…!」
 足を縺れさせ、ベッドから転げ落ちるようにして、ドイツはプロイセンの元へと駆け寄った。
「何だ? ヴェスト、そんなにお兄さまに会えたのが嬉しかったのか!」
 茶化すように軽い口調で話し続け、ふざけるようにドイツの背中をばんばん叩いてやるプロイセン。
 イタリアは、泣きたくなるのを必死で堪えた。オーストリアは「今のところは無事だ」という言い方をしたのだ。
 プロイセン王国解体指令は、半年後の二月二十五日を以て動き出す。その時に、プロイセンがどうなるのかなど、まだ誰にも分かっていないのだ。

 その時、プロイセンはどうなるのだろうか。
 ドイツは、耐えられるのだろうか。
 自分は、何をしてやれるだろうか。
 イタリアの心を、不安と悲しみが占めていた。

 プロイセン王国解体指令が正式に国連で議決されたと同時に、ドイツは目を覚ましたのだ。
 その意味を、イタリアは考えずにはいられなかった。




 アメリカとロシアの対立は悪化の一途を辿っていた。
 ドイツの敗戦処理については連合の四カ国による分割統治という形で話が付きそうだったが、肝心のアメリカとロシアの話が上手くいかない。
「分割…ね。大ざっぱに言って、アメリカ、イギリス、フランスの統治下とロシアの統治下の二つって形になりそうだな」
「俺はアメリカの小僧の統治下か。まあ、悪くはない、か」
「俺とザクセン、ブランデンブルグがロシア側になるな」
「ドイツ自体はどうなる…?」
「圧倒的に領土が広いお前ら側になるに決まってるだろうが」
「ロシアには渡せんか。まあ、当然だな」
 分割される区域が書かれた地図を広げて、プロイセンとバイエルンは静かな口調で話を続ける。
「あいつらの喧嘩、俺らの国を割るだけじゃ済まなさそうだな…」
「これは、遅かれ早かれ、世界を巻き込むぞ」
「最悪、世界を割るかもな…」
 神妙な顔で話をしている二人の元へドイツがやってくる。暗い顔つきのまま、プロイセンたちを見つめていた。
「よお、ヴェスト! もう動いても平気なのかよ!」
「兄さん、せめて兄さんはフランス側に…」
 懇願するような声音。そんなドイツに最後まで言葉を言わせないようにプロイセンは遮った。
「勝負事は潔さが肝心だぜ、ヴェスト。ここは連合のやつらのお手並み拝見といこうぜ」
「兄さん…」
 ドイツの肩に腕を回し、わしわしと髪を撫で回してやる。そして、そっと小さく呟いた。
「ヴェスト。お前がヴェスト(西)で良かったよ」
 その穏やかな声音に、ドイツは何も言い返せないまま黙り込んでしまった。



 ドイツ国内での戦後処理は着々と進んでいく。
 反比例するように、アメリカとロシアは険悪な雰囲気を漂わせ続けてくれていた。
 ロシアが、自分の統治する土地をロシアの物とし、アメリカ、イギリス、フランスとそれらに統治されるドイツの民の自由な行き来を禁止するように言い出すのも時間の問題だった。





「兄さん…?」
「悪りぃ、さすがに痩せ我慢も限界だな。ちょっと寝るわ」
「なに、を…? 兄さん!」
「うるせぇな、聞こえてるよ。あーちくしょう。眠ぃな…」
「兄さん! 悪ふざけはやめてくれ!」
「けせせせ…。よく持ちこたえたな。さすが俺様、かっこいいぜ」
「兄さん、何を言って…!?」
「…ちょっと寝る。おやすみ、ヴェスト」
 世界会議の休憩時間、ロビーでプロイセンは暢気に眠りについた。
 消滅という形は取らずに、どういう仕組みか、ただ眠りについてしまったのだ。ただし、生きているとも思えない姿での眠りだった。心臓の鼓動も 、呼吸も、全てが停止した、それでも消滅はせずにその国の化身である体は残ったまま。
「兄さん! なんで!? そんな…!」
 1947年2月25日、プロイセン王国解体指令が正式に施行される日に行われた会議での事だった。



 1949年5月23日 ドイツ連邦共和国(西ドイツ)成立
 1949年10月7日 ドイツ民主共和国(東ドイツ)成立



 西ドイツは憲法というものを作ることを拒否した。東ドイツとの統一後に憲法を持つことにするという意志を表明し、憲法ではなく基本法という形 を取った。
 生命の息吹の消えたプロイセンの体は、ザクセンとブランデンブルグが共に東ドイツへと連れていった。ロシアが旧プロイセン州は僕の統治下 にあるんだよと言って引き下がらなかった為でもあった。
 別れ際、ブランデンブルグがプロイセンのことは絶対に守るから、とドイツに誓ってくれていた。ロシアに見つかることなくそっと約束をして去って行った。

 一度は上司の政策で東ドイツとの国交断絶、東ドイツの存在を認めないという動きを取らされた。

 1961年8月13日 突如としてロシアが東西ベルリン間の68の道をすべて封鎖し、後にベルリンの壁と呼ばれるものを建設し始める。
 ドイツはロシアに猛抗議したが、アメリカやイギリスは動くことをよしとせずに静観するに留めた為、壁の建設を認めてしまう結果となってしまった 。
 ドイツは、壁を乗り越えようとする市民たちが命を落としていく様をただじっと見つめるしか出来なくなっていた。

 兄さんは、どうなってしまったのだろうか。

 脳裏をよぎるのはそんなことばかりだった。





「よお、ドイツ」
 西ベルリンの目抜き通りに面したカフェでコーヒーを飲んでたドイツの目の前にイギリスが姿を見せたのは、よく晴れた日の午後の事だった。
「イギリス? どうした、今日は何か会議が入っていたか?」
 疲れたように、どこかぼんやりとした力の籠もらない声で言うドイツを見遣り、イギリスは苦々しく笑った。
「とんだ腑抜けた面だな」
「好きに言え。用が無いならとっとと――、」
「用があるから来てやってんだろうが。すぐに追い返そうとするなよ」
「俺に用だと?」
「お前の兄貴ってやつから頼まれてたものをお前に伝えに来た」
「何? 何のことだ!?」
 立ち上がり、イギリスに掴み掛からんばかりの勢いで詰め寄るドイツを制止させながら、イギリスは一枚の紙をテーブルに置いた。
「何だ…?」
作品名:春の目覚め・3 作家名:氷崎冬花