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【APH/東西兄弟】唯一人のための。

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 言って聞き入れる相手ではない。体格と腕力はルートヴィッヒの方が勝っているので、力づくで引きずり出せば何とかなるかもしれないが、兄との力の差がそうあるわけでもない上に小賢しい彼と争うならば、本気でかかっていかなければならない。けれどそこまで兄へと怒りを覚えているわけではない以上、全力で喧嘩腰に食って掛かる事など出来るはずもない。
 その上——普段会議の場では疲労とストレスで痛み出す胃と頭が、今日は随分と楽だ。兄が隣にいるという、たったそれだけの事で緊張は和らぎ、怒りをも薄らいでしまう。それは極限に気を張りつめ根詰めてしまいがちなルートヴィッヒにとっては、紛れもない安息だった。緊張感の欠片もない兄によりもたらされた安らぎは、無意識にルートヴィッヒを癒し——今でも兄の存在が大きな心の支えになっているという事を、何よりも知らしめている。
「ま、んな事どーでもいいからよ、今夜のメシでも考えろよ! 会議終わってからでいいから、飲み行こうぜ。美味いビールとヴルスト食いてえし」
 携帯電話を取り出すギルベルトは、既にビールとヴルストへと完全に意識が切り替わっているのだろう。気持ちはわからないではない。ルートヴィッヒもまたビールとヴルストをこよなく愛している。どの店で何を飲もうかと思案するのは、少なくとも書類を睨みつけるよりはずっと楽しいものだ。
 けれど、今やるべきは飲みに行く店を決める事ではない。会議中にプライベートなことを議論するなど、あるまじき行為だ。今の議題に則って、話し合いを進めなければならないというのに、どうして兄はこうまでもふざけた態度を取り続けるというのだろうか。兄だって、決して不真面目なだけの人ではないはずだというのに。
 大陸にいくつもの国がひしめき合う欧州は、有史以来幾度も戦争を繰り返して来た。二十世紀に入り、兵器は威力を増しまた欧州以外の国家とも国交が盛んになってからは、戦争は世界規模に発展し多くの犠牲を伴うことにも繋がった。二度の大戦で敗北したルートヴィッヒは、多くの領土を失い、何より国は二つにわかれ、自分自身も国民達も家族と引き裂かれた。その惨禍は、二度と経験したくはないと——今のルートヴィッヒは欧州の融合へと熱心に取り組んでいる。
 だというのに、現実は。
 会議一つもまとめられず、苛立ちは募る一方だった。国家の枠組み、それに通貨——欧州を取りまとめる枠組み作りを進めて来たが、けれど経済危機は容赦なく中小国を襲う。自国の経済力はそれなりにあるものの、国内では分断の傷跡が未だに色濃く刻み付けられたままで、経済格差や失業率の落差は残されている。国内を立て直すだけでも必死になっているところに、際限なく他国を支えきれるはずがない。ただでさえ元敗戦国でありながら経済成長は戦勝国をも凌いだルートヴィッヒは、似た境遇の菊のところとともに、他国や国際機関への出費の多さの割には報われない立場だった。国民も、少なからず不満を抱えている。
 だからこそ、他国よりなお努力しなければならない。まとまりのない連中をまとめあげ、発言力を維持し、EUの中核となり得るように。ただでさえ年は若く、また敗戦しては敵国として見られてしまいがちなのだから、有無を言わせぬだけの実績を作り上げなければならないだろう。金銭的な負担だけを強いられ続け、肝心な発言力はなく軽んじられたままではいけない。まして危機的な状況にあるならば、より一層結束を固くすべく彼らをまとめる事は、自らの手腕を発揮する機会でもあり、EUの中心的立場である国家たる責任でもあるだろう。だというのに、どうして連中はまったくまとまる気がないのか。再び会議場の惨状へと目を向けたルートヴィッヒは、頭を抱えて溜息を吐く。
「だから、あんま考え込むなって。お前一人がぐだぐだ悩んだって、何も解決しねーよ。無闇に悩むくらいなら、今お前に出来る事をやってりゃいい。例えば今日はどこで何を飲むのか、決めちまうとか」
「だ、が……」
 兄の言葉も、確かにもっともなのかもしれない。焦りと虚栄心ばかりが先行して、上手く事が運ぶはずなどないのだという事もまた心得ている。だが、だからといってそう楽観的に構える事が出来る性分でもない。まして仕事の真っ最中に、飲みに出かけることを思案するなど、論外だ。
「……どうしても飲みの事は考えたくねえなら、仕事の事でもいいぜ。支援、してやりゃーいいじゃねえ? 経済危機なんだろ?」
 飲みに行く店を提案するような軽い口調で突然核心に触れられ——ルートヴィッヒは思わず瞳を見開いた。へらへらと笑う兄はやはり仕事に打ち込むような態度ではないが、けれど彼は、そういう人だ。ふざけているように見えて、実は真剣に策略を巡らせていたというところは、幾度も見て来た。
「けど、うちも、正直厳しい……」
 国内の格差是正と、それから国民感情と。一筋縄ではいかない問題に、ルートヴィッヒはギルベルトから視線を逸らす。兄のせいではないのだとわかっていながらも、統一の際に東の経済状態に足を引かれたルートヴィッヒにとって、簡単に首を縦には振れない話だった。
「国内の事は国内で何とかすりゃあいい。とりあえず、恩は売っとくもんだぜ」
 携帯電話を握りしめたまま、その画面には飲み屋の電話番号を表示させたまま——突如として真面目に切り返しはじめたギルベルトを、ルートヴィッヒはぼんやりと見遣った。不真面目に見せながら、真面目に思案しているのはいつもの事だ。大胆な事を言い出すのも、見慣れている。そうして彼は、一介の騎士団から強国へと成り上がって来た。そんな彼の手腕を、今でもルートヴィッヒは尊敬している。
「ヴェスト。他国のためじゃねえ、お前たちの生活を守るためだ。力に物言わせて侵略しちまえばいいだけの時代じゃねえんだろ? 融和を目指すなら、歩み寄る姿勢は見せてやらねえとな。情けは人のためならず、だぜ」
 ——まあ、受け売りだけどな。
 そう付け加えながら、ギルベルトは携帯を差し出した。画面には馴染みの店の名と電話番号が表示されている。真面目に話をしながらも、どうやら飲みに行く先の事もしっかりと検討していたらしい。画面を確認した後、兄に携帯を返しながら、Ja、と一言返事をすれば、眼前の男はますます機嫌良く笑う。
「よし、決まりだな。さっさと会議終わらせようぜ。飽きて来た」
 ふあ、とあくびを噛み殺す兄は、普段の緩い顔に戻っている。眉を顰めるルートヴィッヒは、だらしのない事はしないでくれ、と慌てて付け加えたが、けれど先程垣間見た彼の顔は、紛れもなく往年の姿だった。幼いルートヴィッヒが憧れていたあの頃の兄は、数百年の時を経て全てが様変わりしようと、本質までもが変貌するわけではない。
「兄さん……」
「なんだよ、まだ何か不満か?」
 じろり、と鋭い視線に射抜かれ、思わず硬直するが——不意に見つめる真紅は細められた。緩く弧を描く唇から、紡がれる声は一変して穏やかなものになる。