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人にやさしく

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 そうは言っても、秋からの台風のような日々に巻き込まれて、掠り傷が癒えた上に更に切り傷を作るような生活をしているのだが。
 久しぶりに味わう、級友たちの揃った教室の空気は帰ってきた当初は懐かしさを覚えてきたが、それが日常に混じってしまえばなにも感じない。あの荒廃と戦いが意識にも体内にも薄れてきてしまっているのだろうか。
 部活の為に、今は首からぶら下げてある雨のボンゴレリングをなぞった。
 本当に『あの時代』が現実だったのかな?そう思う度にきつく首を振ってきた。
 あれは本物で、あの魔法だって本物だ。自分に言い聞かせるように山本は汗ばんだ拳を握った。

 ああ、魔法が使えれば。

 自分の右手を見つめる。野球になれすぎた手は表面の皮が厚くなり、流麗な魔法など掛けられそうにない。
 非現実的にそう思うのは、秋に出会った魔法使いが、こういった対処にひどく優れていたからである。






 エレベーターの下降のボタンを押したあと、隣に歩み寄ってきた長身の男に息を呑んだ。息と一緒に唾液までも飲み込んでしまったらしく、気管と食道がびっくりして驚きの機能を起こした。
 せき込む山本に向かって、笑いもなく視線をよこす黒い立ち姿は、やはり見慣れたものとは少し、いやだいぶ違う。階数を示すランプに彼も目を伝わせていることから、同じ目的を持っていることに気付く。
 二人きりになってしまった事態に、改めて身を震わせた。場を持たせるために誰かの助けを求めようとしても、がらんどうで慣れないこのアジトを、まだ痛む身体のまま歩き回るわけにもいかない。ぼうっと、エレベーターのランプだけを眺めようと試みても、思ったより早く到達してしまい、更に二人は狭い箱へと押しやられることとなる。

 下降の動きが小さく二人の肢体を揺らす。あれだけ待ち時間は早かったくせに、いざ乗り込むとなると、この体感時間は何だろう。ランプが下へ下へと移っていくのがもどかしくて仕方がない。

 山本と獄寺が敵に手を下されかけた神社でのあの一件から、この男とはろくに言葉も交わしていない。礼の一つでも掛けるのが正しいことなのだろうが、率直に山本はこの男との距離感を掴めずにいたのだ。
 短く切った前髪からは、光が何の遮蔽物もなく伸びてくる。大好きだったあの瞳の光が、十年を経るとここまで凄みのある閃光となるのか。山本にとっては何かの手品がこの時代に起こってしまったようでまだうまく咀嚼ができない。
 目は合わせられず、彼の胸元に結ばれているネクタイばかり視線を向けていた。相変わらず、綺麗に整えられた衣服に、親近感は感じない。
 いつもだったら、彼の性格を表す小さな現象に、気持ちの悪い笑みを向けているというのに。
 白くて触り心地の良さそうな頬はそのままなのに、どうしてこんなに違うんだろう。それは劇薬の注がれたガラス瓶のなめらかさに思えた。
 「行儀が悪いよ」
 突然目と目がかち合い、不躾に送られていた目線が打ち返される。
 また息を不規則に吸い込んでしまい、喉がひゅう、と鳴った。そのせいでまだ完全に繋がりきっていない肋骨が痛み始めた。
 脂汗を浮かべてかがみ込むと、静かな大人の声が振ってくる。いつも脳内で勝手に愛でるために転がしている声よりかは、やはり低い。
 「ジャージの裾。解れてる」
 「最初からそう言えばいいじゃないっすか!」
 大声を張り上げると、またつきつきと内蔵に近い部分が痛み始める。てっきり隙を盗んで飛ばしていた目線がこの人の機嫌に触れてしまったのかと思った。冷えた目元が一層山本の心胆を寒からしめ、同時に丸まった背中に汗をかかせた。

 「僕は優しくはないから」
 そういって小さく笑う彼の表情こそ柔らかいが、その表面から漏れる強く確かな意志の力に気圧される。何とかそれに流されまいと踏ん張っていても、艶めいた吐息一つに力を奪われた。
 「人に向ける優しさって自分のためでもあるんだよ」
 その論理はよくわからず、体を折り曲げたために肩からずり下がった担いだ時雨金時を、場を持たせるためにまた担ぎなおした。
 油断をしていると、この人の空気に飲まれて遭難してしまいそうだ。そうは危惧しようと、少し距離を置こうとしても、遮断しようとしていても、この男の接触はすべてを貫くレーザービームのように伸びていく。間に合わせの防御なんてあざ笑うごとく、だ。
 それでもまだ抗おうと、腹の底に力を入れようとするが、肋骨の痛みと手だれの男の素早さで、ひょい、と簡単に利き手をとられた。
 これが戦いの場ならもちろん山本の末路は敗北、そして死であった。

 しかしこのエレベーターでのやりとりは、そんな物騒なことは起こらず、解れていたナイロンの糸を引っ張られただけであった。武器の一つなのだろうか、小さなナイフをきっちりとしたスーツのどこからか取り出し、山本に向かって屈み込む。
 上品な香の匂いと、少しの煙草の香りがした。当然、15歳の現在の雲雀からは感じられない香りである。匂いの苦さが山本には新鮮で、わざと鼻から息を吸い込んでみた。

 「優しくされたいなら、まず自分から何か起こせよ」
 やさしさ、という今の切迫した状況には似合わない言葉が、ゆっくりと紡がれる。言葉自体が暖かかったわけではないが、山本の耳から辿って胸に到達するころには、ほんのり熱を持っていた。
 「なにを、」
 「謝ったのかい?」
 真意を問おうとする山本を誤魔化しもせず、雲雀は言葉を打ち返してくる。
 雲雀が口にするのは、断片的な言葉であったが、山本はすぐに雲雀が指した事象に行き当たった。それは、この男と初めて出会った、やはり並盛神社での一件だった。
 血と熱さが妙なところに上りすぎてしまい、無駄に言葉を他人に突き刺してしまったことだ。その果てに暴走し、過信の上、結局のところ力が及ばず彼も自分もひどい傷を負ってしまった。

 「まだ…」
 綱吉から間接的に自分の行き過ぎた言葉は撤回されているはずだが、彼に直接ストレートな謝罪としては伝えていない。獄寺の様子を考慮して、なんて小さな言い訳で、本当は改めてどんな言葉を形成したらいいかわからずにいるだけだ。呟きのため、あのときに切った唇が、少し皮が切れて痛み始めた。

 「俺落ち込んでたんすかね」
 「今頃気づいたの?」
 この大人は、絡まった心情の糸を、簡単にほどいて山本に見せ付ける。ようやく燻っていた自らの心持に名前がつくと、それだけで体の重みが軽くなった。
 山本の袖からうねって伸びていたナイロンの糸もあっさりと切って、糸くずを黒いスーツのポケットにしまい込んだ。

 「魔法は呪いと通じる。君にまじないをかけてあげよう」

 雲雀の形のよい唇が、脈絡もなくそう告げた。
 白く形のよい手から人差し指がピン、と立てられる。爪の形まで、実に美しい手で、山本は焦点を変えてその指の腹から先までに見惚れていた。
 ビビデバビデブーだとか、チチンプイだとか、よくある魔法の言葉はいっさいなくただ額を細い指で撫でられただけだったが、触れた指先がなめらかでひんやりしていて、魔力の信憑性は十分であった。
作品名:人にやさしく 作家名:あやせ