二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【新刊サンプル】極彩色の夢をみようよ【5/4 SCC】

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着きなよ」
 砂糖壺とミルクとコーヒーを目の前のテーブルに置いてやりながら、あやうく手が滑りそうになった。
 俺は深呼吸して平静を保ってコーヒーを飲もうとしたが、手にしたカップはずっとデスクの上でカタカタ鳴っている。あなたが落ち着きなさいよ、と、有能な美人秘書がここにいれば皮肉っぽく笑ってくれるだろうか。
「で、まだ俺にはにわかに信じられないんだけど。本当に君が、『デリック』なの?」
 六つ目の角砂糖をコーヒーカップに投入する手を止めて、目の前の男が頷いた。
 デリック。
 平和島静雄の外見をした男はそう名乗った。俺に、折原臨也に、会いに来たのだと。
 たしかに俺は、その名前を知っていた。
 俺がまだ小学生だった頃、ネットワークの根幹がLANやWANからIPへ以降しはじめたばかりでウェブという単語が市民権を持っていなかった時代の話だ。
 新しモノ好きの親のおかげでウチにはネットワーク環境の整ったPCが設置されていたけれど、PCというものの一般家庭への普及率は現在より格段に低く、詳しいクラスメイトなんているはずもない状況だった。
 人脈も知り合いもまだなく、ひとりで電脳空間を手探りで探索していた俺に初めてできた友人と呼べる存在。それが、ロシアに住むイギリス人『デリック』だった。
「臨也が小学生だって知った時はびびったぜ。相手の姿が見えないからなあ」
「デリックも俺とそう変わらない年齢だったと思うけど……それにしても、日本語上手いよね」
 記憶を呼び起こしながらそう言うと、デリックは照れながら答えた。
「まーな。日本に来てけっこう長いしなあ」
「友達の俺に会うために?」
 照れた様子で頬を掻きながら『デリック』が頷いた。しかし姿は平和島静雄である。すさまじい違和感だ。俺は苦笑いで頭を振った。
「で、以前からソリが合わなかった親から逃げ出して日本にやって来た」
「ああ」
「で、右も左もわからないきみに親切に話しかけてきた女の子と意気投合したけど、実は彼女は美人局で、身ぐるみスられて放り出された。東京の寒空の下に」
「ああ」
「ビザも何もかもなく日本語も決して堪能ではないきみは、当面の生活費を稼ぐためにホストになったら、これが結構自分に向いていた」
「そうそう。結構お客さんも付いたし」
「そのうちのひとりに騙されて、うまいこと借金を肩代わりさせられて、それを返すために極道の……明日機組の幹部である男と愛人契約した」
「ああ……まあ」
 白スーツの男が、はじめて俺から目を逸らした。まあ、昔の友人に自分はホモですと知られて平気な男はいないだろう。俺はせいぜい誠実に微笑んだ。
「別に、俺、そういう趣味の人間に偏見はないよ。仕事と割り切って男と寝るホストっていうのも、世の中にはけっこう多いしね」
「そうなのか?」
「うん」
 デリックが深く安堵した。俺は話を元に戻した。
「で、借金を返すために働いてたけど、ある日、いつも借金の回収に来ていた男をうっかり怒らせてしまって、ボコられて気絶した。次に気付いた時は、その取り立て屋になってそいつの家にいた」
 その取り立て屋が言うまでもなく、平和島静雄。
 知り合いだという噂を耳にしたから折原臨也という名前を出したら、ひどく悪く言われた。なので反論したら、激昂して殴られたのだという。シズちゃんのジャイアニズムもここに極まれりである。まったくもって、ひどい話だ。
「それで、驚いて自分のマンションに戻ったけれど、自分の身体はそこになかった。なのでいつもの服に着替えて、俺んとこに来た、と」
「そう」
「事情はわかったよ。で?」
 俺はあらためて営業スマイルで男に向き直った。
「それで、君は俺にどうしてほしいの?」
「え、俺の話、信じるのか」
 自分で言うのもなんだけど相当胡散臭いだろ、とデリックが戸惑っている。俺を前にして気弱な平和島静雄、という絵面が不気味で、俺はそれとなく目を逸らして答えた。
「まあね。こう見えて俺、摩訶不思議な事象には慣れてるんだ。ああ、でも、そうだな……」
 何だ? と小首を傾げたデリックに俺は問うた。
「Как вы ищете мой адрес?」
 デリックは目をぱちぱちさせてから、ちょっと笑って、自分を指差して答えた。
「Этот человек научил меня.」
 そうして、何だ? 臨也はロシア語も話せるのか? と嬉しそうに聞いてきたので、いややっぱり日本語のほうが話しやすい、と断った。実際会話するぶんには支障はないが、ロシア語を話す平和島静雄というものになんとなく腹立たしさを感じたからだ。
「つまり、俺は、君の借金の肩代わりをして平和島静雄に金を渡せばいいの?」
「へ? それは自分で返すからいいよ」
「は?」
 思わず険の強い声を上げてしまった。どうも目の前に居る相手の姿がコレだと調子が狂う。
「じゃあ、何のためにここに来たわけ? まさか俺に会いに来ただけ?」
「だけっていうかそれもあるけど、いや、なんていうかさ、恥ずかしいんだけど」
 さっきまでの身の上話にもだいぶん恥ずかしがるべき箇所があったと思うけど。あれよりなのか。どんだけなんだ。
「俺さあ、自分が今どこに居るのか……えーと、自分の身体が今、ドコにあるのかわかんねーんだよ。捜し出してくれないか? 臨也、情報屋ってのなんだろ?」

 俺は小さく溜息をついた。

 果たしてこれはラッキーなのか、それともアンラッキーなのか。
 俺は自分に配られたこのデリックという手札をどう扱うべきなのか、しばし思案した。
 『デリック』という名前には、別の方向からの聞き憶えもあったのだ。