王子様と私
その三・謝罪と賠償と髭と不憫と貴族と私
「おまえらの…おまえらのせいだからなっっ!」
涙目の生徒会長が、厳選した戦犯リストに基づいて数名の男子生徒を生徒会室に呼び出したのは一週間ほど後のことだった。
「何がだよ。5分やるから順序立てて説明しろ」
生徒会室というアウェイに放り込まれて、あからさまに不服そうなプロイセンがソファで足を組む。
「貴重な昼休みをあなたの呼び出しで浪費させられるのは、あまり良い気分ではありませんね」
イギリス秘蔵の紅茶を目ざとく見つけたオーストリアが、勝手に茶の支度をしながらため息をつく。
「あ、俺ミルクティーで。…っていうか基本的に、全部おまえの責任でいいんじゃないかな、イギリス」
フランスはイギリスの言動など、かけらも気にかける様子がない。それよりは、肩に触れる程度の長さの髪をどう結べば己が美しく見えるかを追求するのが大事なようだ。 イギリスは、肩がわななくほど拳を握りしめて三人をにらみつけた。
「今の発言、ぜってー後悔させてやるからな…」
「はいはい」
三人がそれぞれに聞き流す体勢に入ったのを見て、イギリスは呼吸を整えた。ひとつ息を吸って、まずはオーストリアに指をつきつける。
「オーストリア」
「何ですか」
紅茶を味わっていたオーストリアが、眼鏡の奥の菫色の瞳をじっと向ける。神経質そうに眉間に皺を寄せた表情が、不愉快な場を(何しろオーストリアはこの場の誰とも仲がよくない)さっさと離れたいという内心を正直に出していた。
「おまえ、この一週間ハンガリーとランチに行ってないだろう」
オーストリアがぐっと言葉に詰まった。
「彼女も多忙なのです、しかたありません」
「ケッ、案外愛想つかされたんじゃねえの? いつだって待ちの姿勢だもんなあ、坊ちゃんは!」
せせら笑ったプロイセンの鼻先にイギリスの指が移動する。
「おまえもだ。放課後ハンガリーを誘っても、見向きもされなくなっただろう」
「うっ! なぜそれを」
「お兄さん思うんだけど、それはいつものことじゃない?」
「ううううう、うるせええええフランスううう」
イギリスは黒革のバインダーに挟まれた資料をひらりと抜き出して、プロイセンに投げ渡す。
「ハンガリーはあれで、人目のないところで誘われた場合に限り、プロイセンと放課後出かけることを承知する場合がある。確率にして約3%…」
美しくグラフ化された資料にオーストリアとフランスが顔を寄せて確認し、それから無表情にプロイセンを見た。
「おまえ…」
「一日何回誘ってるんですか、この母数」
「俺も、プロイセンは立派なストーカーだと思うが、ハンガリーが平然としている限り、止める必要はないと判断した。問題はその次だ」
涙目のプロイセンに目もくれず、イギリスは次のページをめくる。
そこには、心停止後の心電図のごとく真っ平らに0の地平を這うラインがあった。
「おおっ」
「…0ですね」
「一度も成功してないだろ、一週間前から」
そして、とイギリスは言葉を続ける。
数字という事実を突きつけられた彼らは、戦略会議に臨むのと同じ真剣味を帯びて姿勢を正す。
「おまえもだ、クソ髭」
「はあ? 悪いけど俺は女の子に冷たくされたことなんかないよ? たまにちょっとハンガリーちゃんにフライパンで制裁されるくらいだし、最近セーシェルと会えなくて寂しいけど、狙った子に邪険にされるようなことは」
「そーれーだーよ!」
イギリスはフランスの眉間に押しつけた指先をグリグリねじりまくった。
「いてててて! いていて」
「おまえらがしっかりしてないせいで、ハンガリーとセーシェルがべったりくっついちまってるんじゃねえか!」
「なっ」
「なんだってーーーー!」
三人が同時に叫んだ。