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カナリア

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 相変わらず腹に響くような声だが高杉は小さく頷いた。
「攘夷志士なら追い返すかぃ?」
「いや、私には貴殿の身分は関係ない。興味があるのは刀のことだけだ」
 組んでいた足がだるくなったので組み替えると、着物の裾が割れて白い脚が剥き出しになる。そんなことは気にせず高杉は腰の愛刀を抜いて自分の傍らに置いた。
「俺のコイツにも興味があると?」
「見せて貰えるならば」
「普段の俺ならおいそれと、コイツを渡したりはしねぇがどういうわけか気分がいいんでね」
 高杉が扱うには少々、不利ではないかと思われるほどの長い刀身にまず驚く。そして彼の手から自分の掌に移り渡ったそれはずしりと重いが柄と刃のバランスの取れた良い刀だと持った瞬間に直感した。実際、黒の漆塗りの鞘を抜いて抜き身を眼前に晒すと刃毀れ一つなくよく磨かれた美しい銀色をしていた。刃先に太陽の光が煌いて些か眩しさを感じるほどに。そしてよく使い込まれている。高杉が、この刀を愛していることだけは直ぐにわかった。彼の目はまるで魂の奥の奥で分かち合ったような戦友を見るような目でこの刀を見つめている。
「なるほど、確かに良い刀だ」
 思ったことを口にすると高杉はまた唇を吊り上げただけで言葉は返さない。
「それで、何用でここへ?…もうすぐ妹が帰ってくる。話があるならば早めにして貰えぬか」
「いや、今日はここへ寄っただけ。稀代の刀匠村田仁鉄が一人息子…この眼で確かめに来ただけだ」
 父親の名を出した途端に鉄也は目に見えて固まった。顔は強張り掌は握り締められ険しくなった視線に高杉は立ち上がりざま頬を緩める。
 予想通りの反応だった。
「くく、誤解してくれるな。俺はお前を貶めにきたわけじゃねェ。確かめに来ただけだ。村田仁鉄ではなく、村田鉄也、てめーの刀匠としての腕を」
 長い刀を腰に差して高杉は裾を直すと、もう用はないとばかりに歩き出した。
「高杉殿」
「また明日、同じ時間に来る」
「……」
 高杉の後ろ姿を見送って、鉄也は呆気に取られた。
 高杉晋助、知らぬ名ではないと思ったら彼は大物攘夷志士でそれこそ江戸には彼の手配書が山のように出回っているはずだ。だが、実際目の当たりにしたのは初めてで、それがあんなに細くどこか庇護欲を掻き立てる小さな男だとは思わなかった。だが話をして分かる。独特な言い回しや持って生まれた性質とでも言うのか。独特の雰囲気を持っていて確かに彼は高杉晋助だったと。
 真選組に追われ見つかればただで済むわけはないというのに、そんな危険を冒してまで彼はこの村田鉄也という男を見に来たのだという。
 なぜ、という疑問がまず湧いた。ただの江戸に住む町人である自分でさえ知っている男が何の用なのかと。
 しかし直ぐに薄紅色に怪しく輝く刀の存在が脳裏をちらついた。
(まさか…)
 まさか自分のしている事が彼に通じているのだろうか…と考え込むように顎に手をあてて目を伏せる。ぞんざいにしか汗を拭っていなかったせいで最近、急に冷たくなった風が随分と身に染みるようだった。
 強い刀を打ちたい。
 その一念が予想外の人物を呼び込んでしまった。




 村田の家を出てから、高杉は自分の後をつけてくる気配に気づいていた。気づいていたが放って置いた。気配がなさ過ぎるから恐らくプロなのだろう。自分の顔を見知っているものは大勢いる。特に攘夷志士もそれを取り締まる者も溢れているこの江戸では。斬りたいのか寝床を確認したいのかつかず離れずの距離を保つ追跡者は中々、執拗で高杉はそれならばと愉しむように振り回した。途中で茶屋に寄り甘いものは食べないから抹茶だけを頼む。更にそこを出てから大きな書店に寄り、高杉は探していた本を見つけてそれを購入した。そうして寄り道している内に日は暮れ、さて今晩の寝床はどうするかと頭を悩ませながら人気のない辻を選んで足を運ぶ。そうして街灯もない月明かりだけの川べりを歩き、周囲からとうとう人の気配を絶ったとき高杉は足を止めた。
 突っ立ったまま、相手の出方を窺ったがどうやら何ら行動は起こさないつもりらしい。月光を浴びている内に高杉はふと軽い眩暈を感じた。ぐるりと視界が反転している。
「……」
 最近はいつも夜になると調子を崩す。苛立ち紛れに熱っぽい指先を眉間にあてて強く押したあとまん丸な月を見上げた。暗い水面にはその黄金色が反射して高杉の片方の目を射る。眩しくて目を細めた。
「俺ァ、てめーと月見をするつもりなんざさらさらねぇんだがな…」
 万斉、と高杉は腹心の名を呼んだ。否、腹心と呼ぶには万斉は歪だ。彼を形に嵌めるときなんと呼ぶのが相応しいのか…高杉には判断し兼ねている。
 同士、と呼ぶには恥ずかしさが先に立つだろうか。
 部下、と呼ぶにも少し違う気がする。
「気づいていたならなぜさっさと足を止めないでござるか、晋助」
 背後の曲がり角。
 長屋の土壁の死角から万斉は姿を現した。この暗がりだと言うのに色のついた眼鏡はかけたまま耳には相変わらずヘッドフォンがしてある。
「どこまでてめーがついてくる気か確かめたかっただけだ」
 くつくつと哂い背の高い彼を見上げると万斉は遠慮を知らず近づいてくる。間合いをつめて互いの剣先が届く距離になる。しかし高杉は身構える風でもなく首を傾げて微笑んでいた。
「…」
 万斉は眉を寄せた。
 時折、万斉はこの高杉の表層の笑顔の下を暴きたくなる。肩を引き掴んで地に組み伏せたら彼はその冷たい表情の下の激しく熱い熱波のような感情を剥き出しにするだろうかと考えるが結局は実現されることはない。
今は。
「お前こそ、さっさと声をかけりゃあよかったじゃねぇか。それとも天下のプロデューサー様はこんな男の後を付回す奇怪な趣味をお持ちか…はたまた暇人か」
「暇だからでも趣味だからでもござらん、晋助だからでござる」
 真正面から口説き文句を投げられて一瞬、目を丸くしたが直ぐに高杉はくつくつと肩を震わせた。
 なお悪いじゃねぇかと唇を歪める。
「晋助、宿を取ってある。今日はそこで休み明日の朝の汽車で京に戻れ」
「俺にあれこれ指示する気かィ?」
「指示ではござらん、命令でござる」
「ふ、ははは」
 ざり、と草履を鳴らして高杉は踵を返すと歩き出した。
「面白い、てめェと喋っていると時々自分が莫迦になった気になる」
 万斉は大股に歩みを進め高杉の二歩半、後ろにぴたりと寄り添うように歩いた。
「その命令には拒否権はあるのか?」
「ない」
「…くく、いいだろう。なら俺と死合うか?万斉…てめぇはもうずっと…俺と出逢った頃からそれを望んでいるんじゃねぇのか」
 歩調を弛めた高杉は愛刀の柄に手をかけて顎を持ち上げるとふいに視界に影が差す。何かと眉を寄せると万斉の大きな掌が死角から頬を覆う気配に気づかなかった。
 簡単に高杉は頬に触れられ、その手で肩を掴まれる。あっと思った時には万斉の身体は自分の真正面にあった。途端に不機嫌に歪んだ顔などお構いなしに万斉は小さく溜息をついた。
「軽度の発熱、咳、全身の倦怠感…と言ったところか?」
「何のつもりだ」
「晋助が自分の感情を吐露するときは大概、調子を崩している時が多い。最近はとくに」
「…黙れ」
作品名:カナリア 作家名:ひわ子