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カナリア

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 こくこくと高杉の喉が鳴るのを確認して、万斉はもう一度水を口に含んだ。
「ばんさ、い…」
 高杉の指が万斉を押し返そうと胸に触れ弱弱しく抵抗などするから余計に煽られて万斉はちりちりと理性が焼けていくのを感じた。けれどこれ以上、出来ないことは自分自身がよくわかっている。嚥下したことを確認するとゆっくりと唇を離した。
「平気でござるか」
 あくまでも淡々と口付けの余韻すら封じて感情を込めずに問うと高杉もまた小さく頷いた。
「構わねェ…平気、だ」
 ゆっくりと万斉の指が高杉の額に張り付いた前髪をかきあげると手ぬぐいで汗を拭ってやった。あれだけ誇り高い高杉が万斉の腕に成すがままになる。それがまた万斉の捨て去った筈の征服欲を満たしてくれるのだがあくまでも表には出さず高杉が楽なように抱えなおしてやった。
「最近、少し疲れているようでござるな」
「…万斉」
「?」
 万斉の胸に凭れたまま、漸く呼吸と思考が落ち着いた高杉はどこか遠くを見ながら呼びかける。
「てめェに神はいるか」
「また突拍子もない問いでござるな」
 苦笑した万斉は幾許か考えるように沈黙したがやがてぽつりと答えた。
「拙者には生まれてこの方そんなものは存在しないでござる」
「…そうか」
 部屋は水を打ったような静寂が漂い、高杉の呼吸音や互いの心音ばかりが耳につく。外はまだきっと白んでいないのか薄暗いままだ。
「晋助、まだ眠れ。もう少し時間ならあろう。しっかりと休んで回復して貰わねばあとあと大きな仕事が立ち行かなくなるでござる」
 これから忙しくなるというのに。
 言いながら乱れた布団に横たえ、皺を伸ばして掛け布団をかけてやると存外素直に高杉は目を閉じた。
「何かあれば名を呼べ、直ぐに行くでござるよ」
 立ち上がると踵を返し障子を開く。その背に高杉が声をかけた。
「万斉」
「……」
 立ち止まり、僅かに首を傾けるようにして振り返る。見れば高杉は両腕を出して自分の顔を隠すように額の上で交差させていた。
「俺に神はいた」
「……」
「だがもういねェ」
 なぜ、と問うのは酷な気がして万斉は暫らく黙って高杉を見つめていた。長い沈黙のあと、それを打ち破ったのは万斉だった。

「おやすみ、晋助」
 
 襖を閉めると同時に瞼も閉じた。疲れがどっと万斉の肩に押し寄せた。
「……」
 想像以上に、高杉の闇は深い。



 翌朝、目覚めた高杉と共に食事を取り約束の時間にはまだ相当早いが二人は揃って村田鉄也の仕事場へと足を向けた。明け方の乱れようを微塵もみせず、目覚めた高杉は万斉の知る高杉晋助だった。午前中からすでに鉄を打っていた鉄也はさして驚きもせず高杉の訪問をどこかしら待っていたかのような顔をしてみせた。昨日はいなかった万斉が背後に付き従っていたのには些か驚いたようだが、直ぐに自分を取り戻していた。
 ここにはもうすぐしたら妹が来るからと裏手に回り立ち話になった非礼を鉄也は詫びたが別段、高杉は気にした風もなく自らの刀に触れて妖しく笑った。
「最強の刀を作ってみねェか」
 それは誇示でも誇張でもなく真実だ。
「ただひたすら、斬るということだけを追求した剣」
 ちらりと高杉の左目が鉄也を捉える。その目から視線を逸らすことなど鉄也には出来ない。額から汗が滲み出た。
「貴殿、どこまで知っている…」
「さぁなァ…お前さんが鉄打ちだけじゃ飽き足らずからくりまで導入させようとしているってことまでは風の噂で」
「……」
「そうまでして親父を越えたいか…村田」
「…越えたいわけではない。私はただひたすらに刀を打つことだけが私の在るべき道だとそう思っているだけだ」
 狼狽を隠せない様子の村田を一瞥して高杉は頷いた。
「簡単なことだ、使えるものは使えばいい。利用出来るものは最大限に利用する。おれにはてめェの刀が必要だ。強く、強く…果ては幕府さえぶっ潰せるようなそんな刀がな」
 試してみたいと思わないか、と空を見上げる高杉の横顔を鉄也は目を見開いて見つめている。
「どこまで自分の刀が強くなるか、試してみてぇと思わないのか」
「…」
「俺に必要なのはてめェの親父じゃねェ。村田鉄也の刀とその刀打ちの腕だ」
 言いたいことだけ言うと高杉はさっさと踵を返した。気が向いたら連絡を寄越せ、と窓口になっている一軒の茶屋の連絡先を書いたメモを万斉に渡させた。
「待て!」
 足を止めた高杉はゆっくりと振り返り、こちらを縋るように見つめる鉄也を見返す。
「……」
連絡先が書いてあるメモを握り締め村田は葛藤していた。高杉の言葉が胸に突き刺さる。甘い痛みだった。父親ではなく村田鉄也の刀匠としての腕が欲しいとこの男は鉄也自身を求めた。今迄、誰一人として刀匠としての自分を求めた者があっただろうか。だがそれと同時に父親から叩き込まれた節度や倫理観に苛まれる。高杉晋助は幕府転覆のために自分が打つ刀を利用しようとしている。この刀で恐らく大勢の人間が命を落とすだろう。だがそれは刀が持って生まれた宿命ではないかと言い訳して思いを打ち消す。何より一人の刀匠としてどこまで強い刀を鍛え上げられるのか、創り上げることが出来るのか試してみたい。否、創り上げたい。そうすることでいつも目の前に立つ父親を越えていけると、そう信じていた。
時間を置けば、きっと迷う。
決めるなら今しかない。
唇を噛み締め、拳を握った。
「待ってくれ…必要なものがある」
「…何だ?」
「私の創っている紅桜は…親父の作った紅桜を雛形にして作られてある。だがその中に電魄という人工知能を埋め込み刀を持つ人間に寄生させることで戦闘体験をデータ化し自らが成長を続けるという化け物じみたものだ…。そうなると強い侍がいる。そして量産するというならそれだけの工場と資金が必要になる…」
「…いいだろう。誰にも気づかれないように刀を打てるよう船を一隻用意する。侍も…心当たりがある」
「言っておくが…私は江戸の町も幕府転覆も興味はない。ただ刀を打つ…私に出来るのはそれだけだ」
「構わねェさ。それ以外のことを求めるつもりはこっちにもさらさらねェ」
 そう言って深い笑みを零した高杉の横顔を万斉は何か言いたげに見つめていたが結局は口を閉ざしたままだった。
 細かい打ち合わせは後日改めることにした。こういった根回しは武市が巧い。彼に任せるのがいいだろう。
 そして後は似蔵だ。 
 だが彼が「否、」と言わないこともまた高杉の計算の内だ。
 京に帰り、話を持ちかけに似蔵が頷けば高杉の描きかけの絵図はほぼ完成する。






 京に戻った翌日の朝、高杉はまたも酷く咳いたあと高熱を出して倒れた。丸二日、床から起き上がれず、漸く調子が戻りはじめ気持ちが悪いからと湯浴みをした。
 まだ熱っぽい体を持て余したが何とかからだを拭い真新しい浴衣に袖を通して自分の体調の余りの芳しくなさに苛々と歯噛みをした。その途端、眩暈がする。
 風邪でも引いたか…と洗面所で蹲っていたら舌の奥で錆びた鉄の味がした瞬間、喀血した。今迄も何度か咳いたあと痰に朱色が混じっていたが今回のは明らかに種類の違うもっと派手な鮮血だ。掌に吐き出した余りの赤に、驚いて目を瞠ったが直ぐに握り込んで爪を立てた。
作品名:カナリア 作家名:ひわ子