永遠にうしなわれしもの 第一章
--人間であった坊ちゃんと暮らしたこの3年の日々。
正確には188年の日々であるが、坊ちゃんが魂を奪われて、
抜け殻だけの坊ちゃんの身体と暮らした日々や、
また時を翻り魂を奪還するまでのことは、
坊ちゃんは何もお知りにはならない。
それ以前の何百年に比べて、何と濃厚で、刺激に満ちた日々であったこと。
いや、たとえ長き眠りについていた時の、
貴方の目覚めを待つ日々ですら--
「どこへ向かわれますか?」
甘美な回想を止め、漆黒の悪魔は囁くような声で、シエルに問う。
「どこでも構わない。」
紺碧の悪魔は、毅然と吐き捨てるように答え、顔を窓に向けた。
セバスチャンはこくんとうなづくと、
了解の意を伝え、少しだけ馬車の窓を開ける。
馬車道沿いの木々からたまに漏れ差す、穏やかな陽の光の中。
なんとはなしに、シエルは窓から手を外に出す。
まるでこの空気を掴み取りたいかのように。
シエルの黒い爪に、時折陽の光が反射して、
黒曜石のように輝く。
作品名:永遠にうしなわれしもの 第一章 作家名:くろ