永遠にうしなわれしもの 第一章
程なくして、馬車が止まった。
セバスチャンは扉を開け、先に馬車から降りると、すっと手をシエルに差し伸べる。
手を借りて地に降り立つシエルに、髑髏の飾りのついた杖を渡す。
そしてセバスチャンは、御者から2つのトランクを引き取り、丁寧に礼を言って賃金を渡した。
「ここから先は、馬車を変えましょう。」
馬に鞭をくれる音がして、馬車が来た道を引き返していく。
「どのくらい待つんだ?」
シエルは、陽がもう大きく傾き、
次第に山の稜線に沈みつつある中で、
ぼんやりと点在する石造りの民家を見つめながら問う。
「直に参ります。」
セバスチャンはをう答えながら、胸に手を置き軽く会釈をした。
太陽が完全に隠れたその山の稜線の一点から、また同じくらいの光度をもって何かが現れた。
鋭い光が、瞬く間に近づいてきたかと思うと、もうすでに目の前に飛竜の引く炎の馬車となって止まっている。
竜は大きく口を開けて、2つのトランクを音も無く飲み込んだ。
「坊ちゃんは炎はお嫌いでしたね。」
セバスチャンは低くつぶやくように言うと、
すっと手を馬車にかざした。
炎は瞬く間に消え去り、黒檀の四輪馬車に変わった。
確かに一瞬シエルは馬車の炎の中に、己の原風景ともいえるファントムハイブ邸の炎上や、
燃え上がるロンドンの風景などを重ね合わせて思い起こしていた。
・・こいつは、必ず嫌がらせを忘れない。
「その変な蛇もどきも、何とかしろ。」
「かしこまりました。」
軽く頷いて、もういちどセバスチャンが手をかざすと、竜は、見事な毛並みの2頭の青鹿毛の馬に変わった。
作品名:永遠にうしなわれしもの 第一章 作家名:くろ