永遠に失われしもの 第二章
シエルは驚き目を見張って、セバスチャンの方へ振り向いた。
セバスチャンはいつもの通り、澄ました顔で、
思惑ありげな、それでいて何を考えているか分からない、
深く熟成されたワイン色の瞳で見つめ返している。
「何をしている?」
シエルは、しばしの沈黙を破って問う。
「見ての通り、わたくしの血をグラスに注ぎましたが?」
椅子に座る主人を斜め下に見下ろして、
執事は答えた。
「これを飲めと?」
「ぼっちゃんが、人間の血はお飲みにならないと、固く決めてらっしゃるようなので--
あらかじめ、私の血を注いでおいたものをお出ししても、人間のものかと勘ぐら・・」
「だからって目の前で・・・」
セバスチャンが言い終える前に、シエルは大きな声で制し、
椅子から立ち上がろうとした。
そのとき、肘が当たってグラスは倒れ、真っ白なテーブルクロスに見る見る間に、紅い血が染み広がっていく。
セバスチャンはすぐにシエルに近寄り、
シエルが血で汚れないように、テーブルクロスをどけようとした瞬間、
シエルはセバスチャンの血の匂いを嗅いで、瞳はたぎる灼熱の悪魔の眼と化し、
傷を覆っていたナプキンを破りとり、傷をさらに抉るように突き立てる。
セバスチャンは眉間に皺をよせて、苦痛に顔をゆがませた。
だがそれも一瞬で、もう何事も無かったかのような顔にもどり、
すぐに口元に妖しい笑みを浮かべて、シエルの耳元で囁く。
「グラスから飲み干すのがお嫌でしたら、
人間をその牙で、むさぼればいいでしょう?」
作品名:永遠に失われしもの 第二章 作家名:くろ