神の天秤2
三日間熱は下がらず、やっと起き上がれるようになった僕は、病みあがりという言葉を実感した。確実に体力が削られ、疲れやすくなっているのがわかる。
それでも、多少ふらつくが別の部屋に移動もできようになった。寝込んでいた間の仕事も片づけなくてはいけないだろうし、なるべく早く復帰したい。
もどかしい中じりじりと体調を整える。完全に復調するまで、結局半月程かかってしまった。
「良かったね」
しばらく姿を現さなかったトッズがやってきたのは、たまっていた仕事が片づいた頃だった。
直接寝室の露台から入ってきた男は、横たわる僕の体の横に手をついた。
そのまま影が覆い被さってくる。
唇を重ね舌を絡め、体をまさぐられて男を受け入れる。
今度は気絶することはなかったが、それでも疲れきって起き上がることはできない。それに、今回は体中を酷く噛まれていてひりひりした。
「この間、綺麗にしてもらってたでしょ。ダメだよ、人に見せたらさ」
「……じゃあ、トッズがしてよ。そしたら他の誰も見ないよ?」
「やれやれ、わがままだねえ。俺にお世話までさせようっていうの」
「トッズがしないなら、他の人がするだけだよ」
はあ~と大きくため息をつかれるが、こっちも引く気はない。何しろ寝返りをうつのもおっくうなほど疲れきっている。
ぶつぶつ言いながら、それでも彼は世話をすることに決めたらしい。
サニャのように湯と布を用意して、僕の体を拭いてくれる。黙々と世話を焼くその手つきは危なげがない。
時々露骨な触り方をするが、それは気にしないことにする。
これだけ長い時間を、繋がらずに過ごすのは久しぶりだ。再び寝巻きを着込んだ僕に背を向けて、彼はまた闇にまぎれようとする。
しかし今度は間に合った。背中に体当たりして、抱きしめる。両腕を回しきれないが、できる限りでぎゅうぎゅうと力をこめた。
「何、お礼? いいよ、今度また体で返してね」
冷たい笑いとともに腕を解かれて、男の姿は消える。
自己満足だろうが、僕の腕の中に温もりが残った。
それから週に二度か三度、トッズに抱かれる生活が続いた。
体がなれていくのと裏腹に、決して服を脱ごうとせず、後始末を淡々とこなして帰る男に、苦しさがつのっていく。
それでも愛する男を手放せない、自分の執着がいとわしい。
逃れるように仕事に打ち込み、舞踏会にも顔を出していたおかげで、僕の名はさらに売れているようだ。激化している結婚の申し込みからもそれが伺える。
「う、うぅ……」
また体調が良くない。食べても戻すし、一日中だるい。
その原因を見破ったのは、久しぶりに城に来たリリアノだった。
「ふむ、そなた、はらんで居るのではないか」
「えっ……?」
「いや、これは我の勘なのだがな。だがこれでも子を産んだことがある女だ。馬鹿にしたものではないぞ」
在位中まず強い王であったリリアノから、女を感じさせる部分はそれほど多くなかったが、確かに彼女は自分の子を産んでいる。経験は判断の理由になり得た。
それに、なによりもまず心当たりがある。血の気の引いた僕に、リリアノは眉をしかめた。
「まず調べてみるがよかろう。何なら口の堅い医者を紹介するぞ。まあ漏れないという保証はできないがな」
「……お願いします」
頼まない手はなかった。
そして、僕は妊娠していた。
もう心は決まっている。妊娠が分かったその日を境に僕は城から姿を消した。