神の天秤3
父親がわからない子供を産んだ寵愛者が、城に戻ってきたことは当然のように噂になった。
失踪した当時も、一年近くの行方不明の間も、そして帰ってきた後にさしたるとがめだてもされずに役職に復帰したことも、様々な憶測を呼んだ。
中でも有力視されたのは、王の子供を産んだのではないかというものだった。
しかし本人は黙して、決して何も語ろうとはしない。威厳を持った微笑みにあって、面と向かってそれをたずねられる者はなかった。
水面下ではもちろん様々な噂が駆け巡っていたが、額の徴以外に何の後ろ盾もない闖入者から、試された一年の後に王になってもおかしくはない能力と名声を見せつけ、さらに着実に足元を固めていたレハトにとってみれば、想定の範囲内である。
「ヴァイル、今度、僕ちょっと出かけてくるから」
「はあー? 何言ってるの、この間戻ってきたばっかりだよね!?」
「あ、たまってた仕事は終わらせておいたから。あとは割り振りもしておいたし、大丈夫」
寵愛者として城に連れてこられた当時と違い、表向きは出かけようと思えばいつでもできることになっている。
ばあ、と膝の上の子供をあやしながら言うレハトに、ヴァイルは苦い顔をした。
「いくら何でもかばいきれないよ?」
「うん、いいよ。今度のがダメなら、多分もう僕、ダメだと思うんだ」
「……何それ。勝手にいなくなろうっていうの」
目をすがめたヴァイルに、レハトは首を横に振る。
「居なくなる時はちゃんという。前だってヴァイルには言っておいたでしょう」
レハトはきちんとヴァイルに向かい合った。
「大丈夫。だといいな、って思ってる。勝算も確信もないけど、こうしないと僕は前に進めない」
「……居なくなったりしたら、許さないよ」
「変わらないなあ、ヴァイル」
ふふ、と笑うレハトに、王は肘を突いてそっぽを向いた。