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散りにけり あはれうらみの誰なれば

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ざわざわと、落ち着きのない空気が視線の先にある。眼下では、自分たちが学園に入ってから、六度目の入学式が行われていた。それもつい今しがた終わりを告げたようで、仙蔵が、すい、と指差した先には、手にした紙を睨みつけるようにしてじっと動かない少年がいた。覚えのある光景に、文次郎は苦い顔をする。
「小さい頃は、苦手だったんだ。」
「ふふ、まぁ良く成長したよな。忍術学園の第六学年にして、い組の成績を保っているんだもの。」
仙蔵と文次郎は、木立の上に並び今年の新入生の様子を窺っていた。二年へ進級した時に、興味本位で見に行こうと誘ったのは、どちらだったか。とにかく、二人で行こうとという事になり、見渡すのに丁度良いこの場所を見つけてからというもの、毎年ここから入学してくる生徒を眺めるのが常となっていた。枝の根の方に座る仙蔵は、幹に手を掛け、身を乗り出して繁々と見ている。
「あぁ思い出すなぁ。初めて会った時から、お前は無礼な奴だったよな。」
「あの時は、お前も十二分に性格が悪かったぞ」
この話題になると分が悪い文次郎は、控えめに反論した。
「何を言ってる。お前があの後気に病まないようにという私の仏心だろう。」
「随分と手荒い仏さんも居たもんだ。」
仙蔵がくつくつと喉の奥を鳴らす様に笑う。袖を持ち上げ口元を隠す仕草。白い面に添えられた、桜の花筏文が配われた衣が目に入る。
「しかし、お前は一体なんでそんな格好をしているんだ?」
そんな格好とは、筒袖の自分とは異なり、小袖に身を包み女人の姿をした仙蔵のことだ。いつもの女装の時と同じく、長く整えられた紺青の髪をゆるく留めている。確かに女物の小袖は何枚か持っていたはずだが、今着ているそれは初めて見たもののような気がする。
「お前みたいに、勘違いする子がいないかと思って。面白そうだろう?」
「…あんまり遊んでやるなよ」
仙蔵は、文次郎の言葉など意に介さず、卸したてなんだ、と機嫌良く袖を持ち上げている。気の毒に。餌食になるかもしれない新入生に、文次郎は同情した。
「どうだ?女みたいに美しいだろう」
掬い上げるような視線で文次郎を見上げて仙蔵が問う。口の端に上った笑みは、何か含みのあることを示している。
「ん、あぁ…いや、」
好んで女装をするくせに、女のようだと褒めれば手刀が飛ぶ。線の細さはそれに向いてはいるが、仙蔵は文次郎との体の造りの差に多少の劣等感があるらしい。しかしよく仙蔵はそれを言わせようとするので、うっかり肯いた文次郎は度々制裁を受けるのだった。
「なんだ?まさか私の美しさが分からないなんて、やっぱりお前の眼は腐っているんだな。」
歯切れ悪く答える文次郎を睨め付ける。結局は、何と答えても同じような結果になるのだ。仙蔵の声色に、これはまずい、と文次郎が身構えた瞬間、仙蔵が袖を押さえて腕を上げ、文次郎の足元をぴしゃりと打った。
「おわっ馬鹿っ危っ!」
声を上げながら、平衡を失った文次郎は、身を落とす寸前でなんとか枝にしがみ付き、その様子を座りながら見ていた仙蔵は、頬杖をつきながら可哀そうなものでも見るように呟く。
「本当に学習しないなぁ、文次郎は。」
「お前がやらなきゃいい話だろうが!」
仙蔵が再び袖で口元を押さえ、ふふ、と笑う。女を強調する仕草も文次郎を揶揄う為でしかない。もう一言、揶揄しようと口を開いた仙蔵が、顔を上げた先で何かに気づいたように、ふと視線を外した。どうやら学園の外へ目を凝らしているようで、顎に軽く拳を添えて、何か思案している。空気の色が変わったことに気付いた文次郎は、ぶら下がっていた枝に登り、視線の先を追った。
「―なぁ、文次郎。そういえば近頃学園付近で妙な輩がうろついていると噂があったよな。」
「何か見えるのか?」
「そこ、四つ辻の死角にひとり。」
じっと仙蔵の示す方向を見ていると、道の端に少し身形の汚い男が出てきた。通行人に紛れて、学園の方を伺っているように見える。
「どう思う?文次郎」
「怪しい気もするが…捕まえるか?」
「いや、まだ早いだろう。取り敢えず報告しよう。」
早速やる気を見せる文次郎を抑え、仙蔵は怪しい人影を注意深く目で追った。報告はより詳しいものが良いだろう。そのうちに人混みに紛れて消えていったその風貌を、仙蔵は脳裏に焼き付けた。

その日の亥の刻を過ぎた頃。寝静まった学園の付近を一人の女が彷徨い歩いて居た。背格好からすると、学園の生徒のようであった。胸元に手紙を握り締め、焦った様子で辺りを見回している。しかし月明かりの乏しい暗闇では、全てのものの輪郭が朧げで、自らの足下も注意しなければ危うい程だった。そんな中、一旦、女が何かに気付いたように立ち止まり、周囲をぐるりと見渡す。すると前方の黒く蟠る暗がりの中から、似たような背格好の女が出て来た。どうやら手紙を握った女の目当てだったらしく、二、三言交わした後に逢遇を喜ぶかのようにその身体を抱き締めた。相手の女もその抱擁に応えるように、ゆっくりと手を回す。躊躇いがちに動く腕が背に回った所で、女の白い腕が少し上に移動して、首の裏の辺りに触れた。すると、途端にかくんと身を崩した女が地面に倒れ込み、握っていた手紙がはらりと落ち、そこへ、ぬらりと、大きな影が二つほど、濃紺の闇から姿を現した。そのうち一方が落ちた紙を拾い、もう一方が横たわる女を担ぎ上げると、再び宵闇に消えた。後には女が一人きり、取り残されているのみだった。

仙蔵と文次郎が不審者目撃の報告を上げた翌日。早速、朝に教師から注意を促す呼び掛けがあった。
「最近学園の付近を彷徨く不審な輩がいるらしいので、気を付けること。また、見掛けたものは直ちに報告するように!」
「先生、それは忍術学園に侵入を試みる忍者でしょうか。」
「さぁ、解らん。ただいくつか目撃談があるにも係わらず、捕えた者が居ないので、それなりの手練れであることは確かだろう。いいか、見つけても手は出さずに、報告を徹底すること。わかったか?」
はい、と全員が声を揃えて返事をする。やがて鐘の音が響き、教師が授業を始める合図を口にしようとしたところで、俄かに廊下が騒がしくなった。教師が訝しげに戸口に顔を向けると、がらりと扉が開けられた。
「たっ大変です!学園の外にくの一の生徒がっ、た、倒れてます!」
「何だってっ」
教師が取り急ぎ自習の旨を言い置いて、慌ただしく出て行った。倒れているとは、穏やかでない。こんな早朝からでは、授業の一環でもないだろう。仙蔵は、何か引っかかるな、と思い考え込んだ。
「どういう事だろうな。」
目の前が翳って顔を上げると、文次郎が戸の方を眺めながら首を傾げている。
「倒れているって、飛び込んでくるなんて只事じゃ無いよな。」
仙蔵は、文次郎の問いかけに相槌を打ちつつ、脳裏に浮かんだ疑念を問い掛けた。
「―なあ、もしかして昨日見掛けた不審者が関わっていたりはしないかな。」
「昨日のあれか。今の段階では何とも言えないが…少し気になるな。」
気になると言ったものの、『倒れていた』のがどういう状態であったのか、その辺りの情報を何も知りえない仙蔵と文次郎では、これ以上の議論は出来なかった。