牧師とVampir
彼の話が本当ならば、噂通りすべての吸血鬼が人間を襲っていたならもっと事態は酷いものだっただろうに。
最後まで人間に尽くしてくれた者達はどんなラストを迎えていたのだろうか。
昔の話だとわかっているが、少しでも安らかに眠りについている事を願うばかりだ。
‥牧師が吸血鬼に祈るだなんてこれ程の皮肉もないかもしれないが。
吸血鬼というのはやはり人間とは少し違う、というのは今更の話だとは思うのだがやはり聞くと改めて違いに一々驚いた。
まず食事は人間と同じ物を食べれるが一番はやはり命の源、血液だという。
それはわかっていたがその気になれば人間以外の血液でも大丈夫だと彼は言った。
意外と肉は好まないとの事。
歯並びは人間と同じに見えた。ただ八重歯が人より少々鋭利な程度だった。
なら人間と同じく肉料理も好きではないのかと聞いたら『肉料理より焼き菓子の方が美味い』との答えが返ってきた。
‥もしかしたら共通の話しではなくこれは彼の嗜好なだけかもしれないのでこの情報は話半々で聞いておく事にした。
ただこの味覚のおかげで彼は人間社会でもうまくやっていけていたようだ。
‥仲間が一緒にいた時は。
とにかく寿命は長いとは聞いていたが、それを上回る旅を続けている内に一人、また一人と次々に仲間は消えていってしまったそうだ。
人間に気づかれ殺される者もいればふと気づけばいなくなっている仲間もいたとの事。
ただ気づいた時は彼は一人きりになっていたそうだ。
それなりに彼自身も長く生き続けていたので生活の仕方はわかっていた。
でも、一人きりという孤独感は酷く彼を苛ませ続けていたそうだ。
最初の頃はやはり人間が怖く、一人ひっそりと暮らしていた。
でもその孤独感に耐え切れずどうしても人間の住む近くに住居を構えてしまった。
最初の数年はなんとかなる。
だがそれ以上住み着く事は出来ないでいた。
数年たっても見た目がまったく変わらないのだ。
どう見ても人間の目には異端者に見えてしまうのだ。
そこでまた吸血鬼だの魔女だの噂される頃には一目散に逃げ出した。
だけど孤独は本当に厄介なもののようだ。
何度民間から逃げても自ら戻ってきてしまう。
だって一度でも人間に癒された者はもう人間にしか癒される事は出来なくなっていたのだから。
いっそ同じ吸血鬼の仲間を探せばよかったのかもしれないが、今までずっと母親の後ろにいたので探し方も何もわからなかったしまず彼以外の吸血鬼がまだ他にいるかも怪しかった。
だがこれがいけなかったのだろう。
何度も人間に近づいては同じ傷をつけられ、癒され傷つけられ。
二度刺し三度刺し四度刺し。
正体さえ隠せば最初は人間はとても優しく接してくれた。
どこに行っても本当に最初は優しく穏やかなのだ。
だからここに居ても大丈夫なんだと勘違いをすると、気を緩むと今まで優しい人たちが手のひらを返すのだ。
例えば。
最初から悪意を向けられていたなら近づく事さえしなかったはずだ。
でも、一度でも優しくされれば、また昔に聞いていた人間達のように接してくれるのではと一瞬でも思ってしまったらもうダメだった。
希望はいつしか一番深く傷を作り抉るものへと変わっていく。
わかっている。
たぶん仲間は人間達に討伐された。
だから近づく事をやめれない自分が悪いのだと彼は言う。
むしろ仇を討たなくてはいけない立場なのだと思っていた。
けど、言われたのだ。
『仲間は大切にしなさい』と。
その言葉が彼を縛りつけ見えない出口を彷徨う気持ちがうねりを上げ悲鳴を上げる。
大切にしたい、大切にされたい。
でも受け入れてくれないのだ。
自分で選んだ身体でない事に迫害されて敵対されてしまうのだ。
ならばいっそ人間が想像する吸血鬼らしく振舞ってしまおうと考えた事もあった。
そしてとうとうその吸血鬼としての力を使い人を襲ってしまった事もあった。
長い間孤独に晒された彼は少しづつ壊れてしまっていたのかもしれない。
人間を襲った所で癒されるのは空腹感だけで言霊に囚われたままの心は罪悪感から更なる悲鳴を上げる。
助けて。
助けて、
たすけて
‥‥。
ウーリッヒはずっと酷い言葉ばかりを彼に言っていたのだと気がついた。
そうか、彼は確かに人を襲った。
でも本意ではなかったのだ。
だからといって被害者を考えれば褒められた事ではない。
では何が悪かったのか?
たぶん、弱い心の人間達だったのだろ。
でも人間であるウーリッヒだからわかるのだ。
自分より勝っている者はどうしたって僻んでしまうのだ。
だって自分がもってないものを持っているだなんてずるい。
ましてや努力などで手に入れられないものを持っているだなんて卑怯だ。
‥でも、巨大な力を持っている者はもしかしたら不本意だったのだろうか?
いま目前にいる彼のように辛い思いをしている者はたくさんいたりするのだろうか?
みな平等で同じ顔、同じ知能、同じ世界ならでならでは幸せになれるのだろうか。
たぶん、それも違うのだろう。
個性のない鏡のような世界なんて今度は退屈という毒に病に侵されてしまう事だろう。
彼は言う。
「人の、生命を啜るんだから。やっぱりお前の言うように俺は化け物だったんかな。は、化け物か。そうだよな」
何が正解かもウーリッヒにはわからない。
でも、彼が、彼だけが悪いだなんて思えないのだ。
能面のような彼がそれでも続けるのだ。
たぶん俺はもう、壊れてたんだろうと。
人に寄る事も出来ない離れる事も出来ない。
人を食料と見なし生命を啜るも舌は美味だと感じるより懐かしい焼き菓子を食べたいと訴える。
なら、こんな苦しいだけならもうこの命に縋り付く意味もない。
死のうかとふと思えたそうだ。
実際人を襲いすぎたのだろう。
人間世界には吸血鬼ハンターなるものも出来ていた。
獣を狩るハンターなんかとは対比も出来ない程の化け物に対するスキルを有する化け物専門に育てられた者たち。
噂では聞いてはいたもののいざ対峙した時にもさした感情はなかったそうだ。
『ああ、これでおれ終われるのか』
そんな事さえ思えた。
だが、現実はそんなに甘いものではなかった。