牧師とVampir
望んでいた死を目の前にした時、はじめて本当の恐怖を知ったのだ。
いつもはすぐに勝手に再生される肉が裂かれ、血が飛び散り、痛みが、はじめて知る死の恐怖が彼をパニックにさせた。
痛い!
苦しい!
なんだこれは、痛い、いたい、し、しぬ‥‥
し、ぬ?
こんな、死ぬのは苦しいのか?
いたい。
気持ちが悪い、
ぐるぐるする、いたい、
痛い!
死にたく、ない‥!!!
それは生きている者ならすべての者がもつだろう生きたいという本能。
壊れて痛みに鈍磨になっていた彼が久々に味わった生きているという証。
それが最悪の状態で覚醒したのだ。
あれだけこの世は生き地獄だと思い死を望んだのに、その瞬間に恐怖するという絶望感。
がむしゃらに逃げた。すべてから逃げ出したかった。
だがもちろん簡単には逃がしてくれないハンター達相手に、すべてを忘れ必死に無様に逃げ回った。
そしてもはや肉体も精神もすべてが粉砕されぼろ雑巾のような状態だった彼を拾ったのが、お前だと言う。
お前が、死に損ないの化け物を拾ったのだと。
さて、彼の血を吐く程の懺悔は終わった。
では自分はどうする?
神は信じる者をすべて救うという。
それは人外の者も適応されるのか?
わからないし、ここは協会ではあるが懺悔室ではないのだ。
顔を合わせながらなんてルール違反だ。
なら、これはウーリッヒという人間の感性だけで答えてもいいはずだ。
でも何を応える?
例えどんな理由があろうとも人を襲った人外の者になにと言う?
たぶん、答えなんて話を聞いている時に決まっていたのだが。
「あの、最後にもう一つだけ聞いてもいいですか?」
「‥‥‥‥、」
こくり、と首が倒された。
「貴方の、名前を聞いてもよいですか?」
「‥‥は?」
「そういえばずっとお名前を聞いていなかったので‥。あ、私はウーリッヒと申します。貴方のお名前も頂戴してよろしいですか?」
ビックリしたのか大きく目を見開いてから、それからかすかに口が動いた。
たぶん彼は自分の名前を口にしたのだろう。
だけど小声過ぎて音にもなっていなかった。
でも最初からウーリッヒにはすべてが届いていた。
あの暗闇の中でも彼の魂の声を聞こえたからこそあの場所へたどり着いたのだから。
彼が紡ぐ言葉ならどんなものでも聞き取れるだろう。
何年も何十年もずっと呼ばれる事のなかった彼の名前。
彼を彼として存在を認めてくれる固有名詞。
「やよい、ですか?綺麗な響きの名前ですね」