メロウ Ⅲ
それに、『成宮はいつも自分が意見出しまくって突っ走ってばっかだから、たまにはリストまとめてみろ』だとよ。」
「どれどれ……。」
手元の紙を見て、ふんふん、と小さくうなずく。
「うん、上手くまとまってる。あっ、誤字も脱字も無いよ!
天十郎君!がんばったね!」
「おうっ!ちょっくら気合いいれたからなっ!!
褒めやがれっ!俺様のこと、もっともっと、どぉーーーんっと褒めやがれってんでいっ!」
「補習の成果だよ!えらいえらい!!」
にこにこしながら頭を撫でる。
そういう「褒める」じゃねぇんだけどなぁと思いながらも、
コイツの手がちょっと暖かくて、しかも身長足りねぇもんだからデコ撫でてるようになっちまって、俺様の前髪がチクチクあたってこそばゆい。
この瞬間だけはコイツの目線とか手とか意識とか俺様の方に全部向いてんだよな、と頭のどっかで考える。
「千聖くんは?今日は一緒じゃないんだね」
「あのなぁ……。」
「俺様と千だって、ずっと一緒ってわけじゃねぇよ。『めだかのフン』みたいにな。」
「天十郎君、それ『金魚』。」
「金魚は学校だろ?」
「そっちが『めだか』!」
「これは補習を増やさないとね」と、むぅっ、と頬を膨らませて怒った顔を「作って」みた後、
「『めだか』とか『金魚』とか言ったら」
ふと表情を緩めて笑った。
「全然関係ないんだけど、千聖君を思い出しちゃうね。」
今「ここ」にはいねぇアイツの話題が急に出て、面食らうと同時に、一気にここが「二人」じゃなくなる。なんか引っぺがされた気分だ。「なんか」が。
「千聖君ってね、釣りとか魚とか、あと料理の話が雑談とかで出ると、少しだけ嬉しそうになるよね。」
強調するために、指で『ちょっと』を作ってまっすぐ俺を見る。
「ほんの『ちょっと』なんだけど。」
俺を、
見る。
「授業でもちょっとだけ前のめりになるんだよ、姿勢が。」
くすっ、と笑うコイツを見て、もやもやした気持ちが収まらねぇ。
「天十郎君ならきっと気付いてると思うんだけどね。だって、生まれた時からの付き合いだもんね。」
取り繕ったかのように俺様の名前を出して、
俺を、
見る。
ふわりとした表情を崩さないままに。
わかんのかよ、
千が
「嬉しい」とか、
「楽しい」とか、
そんな「少し」の感情が動いてる瞬間が。表情が。
アイツの事とか、
アイツの事「なら」分かんのかよ、オメェはよ。
「……そうだよな。
だってオメェ、千の事、『好き』なんだもんな。」
実際にその言葉を口に出してることに「俺様、何言ってんだ」って驚いてる自分と、
「ただの『生徒として』じゃなくてよぉ。」
どっか頭ん中がすぅっとクールダウンしていって。
「言いてぇことを言って何が悪い」って、自分のしてることに対して何も疑問に思わねぇ俺様がいて。
コイツがびくんと体を固くする。
顔には、こう書いてやがる。「なんで知ってるの?」
千がペラペラ喋ったわけじゃない。どっかで俺様も気づいてたんじゃねぇかって思うんだよ。
腕をつかむ。
護身術の要領で捻ったせいか、痛みで「先生」が顔をゆがめ、声にならねぇ声を絞り出す。
細せぇな。
ちっこいな、手とか。
完全に頭に血が上ってる状態だってのに、どこかで冷静に、目の前にいるコイツをまじまじと観察する俺様がいる。
「…っ、て、てんじゅう、ろ…」
「天十郎君」と言いかけたコイツの声を遮るように、
「怖くねぇのかよ、俺様にこんな風に手ェ取られて。」
「……っ、こ、怖くないと言えば嘘になるけど、……」
少しどもったくせに、言葉を続けやがる。
「なにか理由があってのことだと思うから……。
…あの、教えて?…ね?」
この期に及んで綺麗事で飾ろうとするコイツに何とも言えない気持ちになる。
どっからくるんだよその自信は。
目の前にいる男が、自分にひどいことはするはずがない、って。
俺様は理由も無しに、こんなことしねぇ、って。
理由がなかったら?理由もわかんねぇ状態でこんなことしてたら?
「大声出さねぇのかよ」
顎を引いて低く声を絞り出す。
その間にも、腕を握る強さは俺様の制御をはるかに超えて、自分でもコントロールできない力でぎりぎりと細い手首を締め付ける。
小さく「痛っ…!」て声を出して、顔をゆがめた。
普段から体温が高く温けぇ俺様の手と、
細っこいけどいっつも元気で、血ががんがん全身駆け回ってそうなコイツの手が、
隙間無いくらいにくっついてんのに、冷たく感じられるくらい。
「あぁ、そうだよな、こんな姿見られちまったら、オメェの立場ってモンがヤベェよな」
じりじりと机に追い詰めた後、スカートの間に膝を滑り込ませる。
勢いよく脚を動かしたせいか、机に伝わった衝撃で、教科書だか辞書だか、積んでた本が床に散らばった。
「こーんな、今にも生徒とヤりますってような体勢よぉ」
それを言われて、コイツはハッとしたところを見ると、手首を握られて動きを封じ込められることに対して、「暴力」は「暴力」でも、こっちの方は考えてなかったようだ。
阿呆か。
どこに女殴る奴がいんだよ。
「それとも、何だ?」
オメェを殴るわけねぇだろ。つか、殴りたくもねぇよ。
でも、ムカつくんだよ。
「可愛い教え子の卒業が~、なんて。」
俺様自身でもびっくりするほどの低い声が出た。
「『落ちこぼれ』が教師の上乗っかってんのが見つかったら、俺様の…『生徒』の卒業がヤベェ、てか?」
ごくりと唾を飲み込む音が、耳の奥からすげぇデカく聞こえる。
「『群れからはぐれた羊一匹も見捨てない』ってアレかよ!?
そしたらオメェは黙ってヤられてくれんのかよ!?」
視界がぐにゃりとゆがむ。
周りにはごちゃごちゃ物が置かれてるっつーのに、真っ白い壁だけがある箱に俺様とコイツだけが閉じ込められている感覚。
ぶち割りてぇ。
「あー…、つかよぉ、そんな理由じゃねぇよな。
千にどっかで知られたら、オメェ立場ねぇもんな。」
それを言われ、一瞬で目に涙がたまる。
それがぽろりと零れることはないけど、いつもの勝気そうな目はそのままだ。
俺様からコイツの表情は見えるけど、俺様は今どんな表情してんだ?
「俺様が千にペラペラ喋る可能性だってあるわけだし。なぁ、そうだろ?」
「て、天十郎君は……」
刺すような目線をこっちに向ける。
「天十郎君は言わないよ。」
さらに声を絞り出すかのように続ける。
「……『言えない』よ」
「言わない」ってなんでぇ。
「言えない」ってなんでぇ。
「なん、っで……!!」
言葉が続かない。
俺様アホだから言葉はよく知らねぇ。
ただ、今胸ん中でぐるぐるしてる感情を一回外に出さねぇとなんかすっげぇヤバい気がして。
このまま出さずに俺様の体ン中にあったら、明日には体がバラバラになってるような気がすっげぇして。
でもそれが言葉にできねぇし、コイツにぶつけたい気持ちが胸ん中腹ん中、充満してて。
ことばになんねぇのかよ、今ここで出すことできねぇのかよ、
気持ちわりぃ
ぶつけてやることできねぇのかよ
出してぇ
気持ちわりぃ
ぶつけてぇ