空と太陽を君に
アスランは以外に思った。以前、知っていた彼女はいつも強気で勝気でどちらかと言うと男勝りでオープンな性格だった。 それなのに今は自分を押し殺して誰かのために動ける、そんな女性になっていたのだと…気が付いた。
「お願いします。シンに協力してあげて下さい。あの子が行った先は多分アプリリウスの軍事工廠です」
「なぜそこに…アーモリー1に行くならシャトルの方が…」
MSを使うより余程正当に移動できるはずだ。しかしルナマリアは首を横に振った。
「あそこには、インパルスがあるんです」
「インパルスが?」
「はい」
「直したのか…」
素直に驚いた。
セカンドステージであるインパルスは元々シンの専用機だった。それをルナマリアが乗り、あの闘いで大破とまではいかずとも、中破していた筈だ。アスランが、堕とした。
アスランの問いに頷いたルナマリアは目を伏せて言った。
「インパルスは良くも悪くも一年前の大戦の主役機なんですって。議長があの換装システムがついたMSを壊すのは勿体無いって…極秘裏に直していたんです」
形の良い眉を寄せて、アスランは重く息を吐いた。
「なるほど…よく分かった」
「アスラン、今度こそあの子のこと…」
必死になって言葉を紡ぐルナマリアをアスランはどこか痛そうに見つめて、無意識の内に頭に手を置いて優しく撫ぜた。
「きみも…ずっと一人で頑張っていたんだな」
優しく、緑色の目が細められてルナマリアは呼吸が止まりそうになった。顔を泣きそうに歪めたまま気丈にも笑ってみせる。
「シンもレイも…私にとっては大切な仲間なんです」
きっと、それだけは何が起きても変わらない。そんな絆をシンとルナマリア、そしてレイから感じてアスランはどこか懐かしくなった。
自分がどこか遠くに失くしてしまったものを、きっと彼らはまだ持っているのだと思うと羨ましくさえ思ったのだ。
アスランは頷いた。
「わかった。何とか動いてみる。ルナマリアはシンを追いかけてくれ」
「はいっ」
「絶対に、無茶するなよ」
「了解です」
姿勢を正し、敬礼するとルナマリアは大急ぎで走り出した。
***
アプリリウスは都市型プラントと言っても、評議会ビルがあるために地下に軍事施設が存在している。それはあくまでも基地ではなく軍事工廠に似たものでMS開発と最低限の防衛ラインが引けるだけのMSが格納されてある。
入り口の衛兵も、もの凄い勢いのシンに圧倒されながらも赤服とフェイス章を見て、慌てて道を開ける。
こんな時、本当にフェイス制度は便利だ。昔は無断発進してタリアに散々叱られたのに今では問題なし。いや、多少あるのだろうが構ってはいられない。
シンは兎に角、走っていた。
地下へと下りるエレベーターのボタンを忙しなく何度も押して奥歯を噛み締める。
(早く…)
直通ラインなので、他のものと比べると随分と早い筈だがそれでも遅いと感じるほど気持ちは急いていた。
ポケットに突っ込んであるルナマリアからのディスクを軍服の上から指でなぞり、気持ちを落ち着けようと浅い深呼吸を繰り返す。
(どうしよう…)
何がどうしようなのかすら、今のシンには判別がつかない。
生きていたら、どうしよう?
それとも全く別人だったらどうしよう?
「レイ…」
オレンジ色のランプがついて軽い衝撃の後、エレベーターが止まり漸く扉が開いた。全部開ききるのも、もどかしく僅かの隙間から体を滑り込ませると勢いよく床を蹴る。途端にデッキは広くぽっかりとした空間かせ現れた。すでにそこは無重力地帯なのでノーマルスーツを着て作業している人間もいる。
ここに置いてあるものは量産型ザク中心にゲイツと指揮官用のザクファントムだ。実戦を常に想定しているのか実弾装備だった。しかしシンは脇目も振らずに中央に新たに作られたインパルス用の発進エレベーターに向かう。
中破した機体はザフト軍によって回収され、貴重なセカンドステージの一機として修理されていた。機体の修復にはミネルバのエンジニア達が多く関わっているので、ここには見慣れた顔が幾つもあった。
その中でやはり青いコアスプレンダーの傍らに立っている浅黒い肌の整備兵を見つけるとシンは思わず声を張り上げて近づく。
「ヨウラン!」
名前を呼ばれた彼は驚いて顔を上げる。
「シン…どうしたんだよ、お前!」
「説明は後!インパルス、使える?」
ヨウランは漂ってきたシンの腕を捕まえると目を丸くした。
「ああ、使えるけど…お前どうしたんだよ出撃か?」
「フェイスの個人的任務!使えるならそれでいい!」
シンはパイロットスーツも着用しないままコアスプレンダーに飛び乗った。すとんと座った腰に当たるシートの感触がどこか懐かしい。確かめるように一度優しくコクピットの内部を指で触れた。
「シン!」
「いいから、早くハッチ開いてくれ。えーと…装備はプラストで行くからっ」
「ちょっ…シン!」
問答無用で扉を閉められて、ヨウランは困惑気味にタラップから飛び降りて管制へと連絡を取った。
「ハッチ開いて。インパルスが出るって…」
『そんな報告受けてませんよ?』
管制からは当然の返答が返ってくる。それはそうだ。自分だって聞いてないのだから。
「何でも急なフェイスの個人的任務らしいですよ。あ、何かもうすでにエレベーター上がっていってますけど」
『フェイスの個人的な任務…?…一先ず了解しました』
不審そうな声だが、フェイスは独断の作戦立案行動がある程度自由であることをその場の誰もが知っていた。そしてシンはそのフェイスなのだ。
「装備はブラスト使用とのことです、以上」
『了解』
通信が切れると管制から全回線でアナウンスが入った。
『インパルス発進準備。モジュールはブラストを使用。シルエットハンガーは3号を開放。シルエットフライヤー射出スタンバイ。ハッチ開放』
ゆっくりとコアスプレンダーが移動する間に、シンはスロットルを握り締める。懐かしい感触だった。随分と触れていなかったが直ぐに掌に馴染む。
インパルス…。
シンはスイッチを押してオンラインにするとモニターに『GUNDAM』の文字が赤く浮かび上がった。それと同時に計器のランプが次々と点灯し薄暗い内部がほの明るさを増した。
『カタパルト推力正常…コアスプレンダー発進どうぞ!』
管制の声と同時にシンは左手でスロットルを思い切り押し上げてスラスターを全開にする。宇宙は地球と違って発進時に重力に邪魔されることもない。
進路を緑の発光ランプが道を作るように点灯されていくのを不思議な気持ちで見つめていた。
宇宙へと、飛び出す。
少しだけ瞼を下ろして、直ぐに開くとそこはいつもの闇だった。
『チェストフライヤー、レッグフライヤー、ブラストシルエット射出…どうぞ』
コンソールモニターにシルエットフライヤーとチェストフライヤーのシグナルを確認して直ぐに合体するための手順を踏む。
その時だった。
『コアスプレンダー発進待て!戻りなさい、シン・アスカ!』
通信から野太い男の声がする。恐らくは保安部の人間だろうが宇宙に出ればこちらのものだ。
『繰り返す、シン・アスカ、戻りなさいっ』