空と太陽を君に
もうすでにドッキング部分はシルエットフライヤーだけになっている。ゆっくりと引き込まれるように背中に合わさると 直ぐに灰色だった機体のカラーが緑に変わる。フェイズシフトがオンになる。
『戻りなさい!さもなければ追撃隊を出すぞっ』
サウンドオンリーにしているからか随分と五月蝿く感じる。
『シン・アスカ!』
「邪魔なんてさせるか」
『シ…』
ぎゅっと握ったスロットルは離さずに、シンは全ての回線をシャットダウンしてしまった。
「レイが見つかったかもしれないんだ…」
なのにどうして皆、邪魔するんだろう。約束は守ってるじゃないか。だったら文句なんて言うな。
「オレはレイを迎えに行くんだ」
絶対に。
思いっきりバーニアを吹かせながら座標でアーモリー1の位置を特定する。もしかしたら、あちらにはすでに連絡がいって入らせて貰えないかもしれないと、そんな不安が胸を過ぎる。無理やり進入するなんてできるならしたくないから…どうか。
一方、アプリリウス内のMS管制室では銃を肩にかけた男達が驚愕に動きを止めていた。
「シン・アスカを自由にさせろって…」
通信はどうやら軍の指令本部からのようだ。
「どういうことですか、我々はっ」
保安部のリーダーらしき男は納得がいかない様子で、モニターに食いついている。
『上からの命令だ』
「上?」
『国防委員会だ。どうやら…アスラン・ザラが動いたらしい』
モニターの向こうの仕官も苦虫を潰したような顔で吐き棄てるように言った。
「アスラン・ザラ?」
あの『アスラン・ザラ』?
「そんな馬鹿な…っ」
余りの答えに胸がむかむかとして気持ちが悪い。思いっきりパネルを叩いて苛立ちをぶつける。
『この件に関して我々保安部は引けとの正式な通達がきた。帰って来い』
男はぎりぎりと歯噛みした。
あんな裏切り者の癖に偉そうに…!
「くそ…っ」
自分たちの仕事はシンをひたすら監視し、何かあれば拘束することにあるのだ。そしてこの一年、ただそれだけに従事してきたというのに、いざ事が起こればこの様だ。
男はそれでも何度か深呼吸して自分を取り戻すと、管制室の扉を開いて外へ出た。
***
「こららZGMF?X56S国防委員会直属特務隊フェイス所属シン・アスカ。アーモリー1管制応答して下さい」
逸る心を抑えながらシンはコロニー入り口に待機して回線を開いた。もしかしたら取り押さえられるかもしれないし、プラント内部に入れて貰えないかもしれない。幾らフェイスと雖も無許可発進は余り賢いやり方とは言えない。
駄目だったらどうしよう。強行突破なんてやりたくはないが、きっとやってしまうだろうなと他人事に考えながらスロットルを握る指をトントンと鳴らす。
暫らく待っているとテキストのみで返答があった。
『こちらアーモリー1管制室。3番ゲートから入国を許可する』
「………」
返答はシンの予想していたものとは少し違った。
てっきり保安部が動いているものと思っていたようだが、手が回っていないのだろうか。それとも議長が…?
少々、懐疑的になってしまうが今はそんなことを考えている時間はない。急いで並ぶゲートから3番を選びインパルスのスラスターを吹かせた。
ゲートを潜ってプラントに下りるとそこは懐かしい景色があった。以前、ミネルバはここのドッグで作られて、このインパルスもここで作られた。そして強奪事件が起こり<全てが始まった場所でもあるのだ。
原点とも言うべき、場所だった。
空が開けてシンはモニター越しにプラント内を見下ろすと、事件の跡形は綺麗に消えそこにはまた軍事工廠としての役割を課せられた建物が建造され、ジープや輸送機が飛び交ういつもの風景だった。
あんなに破壊されたのに、もう何事もなかったように。人工的に作られた港は、風で水面が揺れてまるで本当の海のように見える。シンはそれをじっと見下ろしながら、ミネルバに搬入する以前、最初にインパルスが置かれていたハンガーへと降り立った。
あの頃にはもう戻れないんだと、自分はどこかで気づいていた。だからこそ何も思うべき事などないのかもしれない。
バーニアを逆噴射させて足元のペダルで調整しながらシンは誘導に従って格納庫へとインパルスを収納するべく歩いて向かう。
シンは格納作業をしながらも、意識はルナマリアから渡された一枚のディスクへと向かっていた。
ここに、レイの手がかりがある。
今まで、まるで彼の消息を示すものは只一欠けらさえシンの耳には届かなかった。沈んだメサイア。そして恐らく議長とレイとタリアの最後に居合わせたというフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトからはレイがどうなったかを聞くことはなかった。
『ごめんね。彼がどうなったか…僕には分からない』
『どうなったか分からないって…』
あの戦争の後、最初にシンとルナマリアが収容されたのはアークエンジェルという敵艦だった。そこで初めて出会ったフリーダムのパイロット…そしてレイの憎むべき相手キラ・ヤマトは悲しい面影のまま淡々と告げた。死んだかもしれないし、生きているかもしれない、と。
その時、シンはただ震えていた。体の奥底から震えるような寒気と吐き気が一気に疲れ切った体を襲い頭がぐらぐらと揺れていることさえ気づかずに、目の前に立つ青年に縋りつくようにして掴みかかった。
『嘘だ、嘘だ!ちゃんと言えよ…レイはどうなったか…アンタなら知ってる筈だろ、目の前にいたんだろっ』
優しい瞳は困ったように揺れて、小さく頭を横に振ると微かに唇が動いた。
ごめんね、と。
『謝るなあ!』
叫んだシンを黙って見下ろす紫色の瞳はどこまでも静かだった。
『ごめんね』
『あ………』
呆然と目を見開いた。
謝って欲しかったわけじゃない。ただ真実が欲しかったのだ。例え彼にとって自分が操っていただけの人形だったとしても。人形になるならそれでも良かった。
レイと話したことを、これでもかというくらい鮮明に思い出せる。どんな顔をしていたのか、滅多に見られない笑顔はどんなだったか。誰がなにを言っても良かった。レイがただ、頷き肯定してくれるだけで前に進める気がした。
『レ…イ』
お前は、幸せにならなきゃいけないだろう?
苦しんで、前だけ向いて…その権利を彼は持っていた。誰より幸せに生きなきゃ嘘だと思った。
それなのに。
レイ…、レイ…っ。
『でも彼は…』
シンの体を黙って支えていたキラが、ぽつりと言った。
『自分で、自分の未来を選んだんだ』
『…レイ、が…』
『だから、きみも選ばなきゃ』
キラ・ヤマトはそう言った。だから自分も選んだのだ。
レイが未来を選んだというのなら、きっと生きていると確信できた。彼ほど真摯に生きることを考えていた人をシンは知らない。そんな彼が自ら死を選ぶ筈がない。それなら自分が取るべき道は只一つだ。
なぜ生きているのなら帰ってこないのか、本当はもういないかもしれないとか、考えればきりがない事は、今は心の奥の奥に何重にも扉を閉めて鍵をかけて考えない。
泣くのは知ってからでいい。
「レイ…待ってろよ」
絶対迎えに行くから。例え、それで信じ難い事実があったとしても受け止めてみせる。レイが決めたことなら…受け入れてみせるから。