空と太陽を君に
「俺を前にすると、お前はいつもそんな苦しそうな顔をする」
「そ、そうかな。オレ、そんな変な顔してる?」
思わず自分で頬を摘んでみるとレイは堪らず笑いを零した。
「………」
(うわ…)
久しぶりに見るレイの笑顔に、何だか嬉しくなってシンもまたはにかむ様に笑うと、今度はレイが驚いたように見つめてくる。
「え、なに、何だよ」
「お前はそういう顔をしていろ。ずっと…」
「レイ…」
呟いたその刹那、アラートが鳴り始め艦内放送が響いた。
『コンディションレッド発令、コンディションレッド発令、パイロットは速やかに搭乗機にて待機して下さい。繰り返します。コンディションレッド発令、コンディション…』
「レッド?行かないと…」
「シン!」
踵を返してレイから体を離した。するりと指が離れるのを寂しく思ってレイは思わず呼び止めた。
「レイは士官室かアスランさんとこに!」
振り返りざまそれだけ言って、シンは軍服の裾を翻して行ってしまった。また迷うことなく戦場に還って行くシンの背中を見て、僅かに頭が痛んだ。こめかみを刺すような痛みを感じる。これはいつも、過去を思い出そうとする度に感じていた痛みだ。
「………」
その背中をいつも自分は見ていた。見ていただけじゃない。その背中を押していたのは誰…?
「痛…っ」
ずきずきと疼く。視界を厚い雲が覆うようなそんな不快感にレイは額を押さえて立ち尽くした。
『インパルス、発進スタンバイ。パイロットはコアスプレンダーへ』
管制のアナウンスが響き渡るMSデッキをシンはヘルメット片手に急いで走っていた。その横をルナマリアがザクウォーリアに乗り込んでいるのを見て片手を上げる。
「シン!つくづく敵と縁があるのね、あんたって」
からかうように言葉が投げかけられて、シンはムッと唇を尖らせた。
「どうせルナを追っかけてきた奴じゃないのかよ?」
「やめてよ、気持ち悪い!」
ちなみにルナマリアはプラントに戻ってからあのミネルバに乗り、レクイエムを潰した功績もあって緑服に絶大な人気がある。仲の良いシンは度々、嫌がらせを受けたりルナマリア自身もストーカー紛いな行為にもあったりしているのだ。シンから言わせるとルナマリアのどこが…!と思ったりするのだが、何より軍人としはエリートだし、しっかりしているし、時々、可愛いと思うから不思議だ。シンだって好きか嫌いかと聞かれればルナマリアのことは大好きだ。
しかし、それとこれとは、やはり別の気がする。
ヘルメットを急いで被り気密シールドを閉じると、戦闘に出るのだという不思議な緊張感が沸き起こる。
インパルス発進専用リフトに乗って、デッキのライトを浴びて静かに眠っているコアスプレンダーに飛び乗った。そこには相変わらず側面部分に自分の名前が刻まれている。
キャノピーを閉じて、直ぐにOSを立ち上げるとアスランからすかさず通信が入った。
『シン、ルナマリア』
「はい」
目線をコクピット内のモニターに移すが手は忙しなくコンソールパネルの上を滑らせ起動に向けての作業を手馴れた仕草で行っていた。
『連合でも、ブルーコスモスの残党でもない。相手は同じザフト機だ』
『ええ?』
「………」
ルナマリアの驚愕する声とは裏腹にやっぱり…と、どこかで冷静な頭の奥で思った。この間の探索任務後に出くわした部隊が頭を過ぎる。
『首謀者を聞き出したい。今、捕捉できているだけでジンが10機。なるべくパイロットを殺さないように倒すんだ、いいな』
また難しいことを言い出したアスランに若干、苛々としたが今はもう「ええ〜?」等と言い返したりはしない程度には大人になったつもりだ。
『了解』
「了解」
『母艦らしきものはまだ捕捉できない。もしかしたらどこかの小惑星に基地があるのかもしれない。…十分、気をつけろよ』
通信を切ると今度はルナマリアから直接回線が開かれた。
『首謀者ってやっぱりデスティニープランに賛成してたデュランダル議長派の…』
「そういうことだろうね。でも…」
『分かってる。今は、私たちは…それを抑えなきゃいけないんだものね』
複雑な声からも分かる彼女の心境はシンにも察することができた。議長を信じて、平和になると信じて闘ってきたあの頃の自分を否定するような闘いは誰にとっても晴れ渡るような気持ちのままではいられない。
自分はこれで二度目の遭遇になるが、同じザフト機を落とした時の胸の塞ぎようは半端ではなく重苦しいものがあった。
けれど、だからこそ躊躇していたら確実に死ぬ。
「気をつけろよ。ルナ」
『アンタこそ。レイがいるからって張り切り過ぎないでよ!』
「分かってる」
通信を切ってシンはスロットルを握ると落ち着かせるように軽く息をついた。絶対に、守る。この艦もルナも、アスランさんも、そして…レイだけは絶対に二度と喪うわけにはいかないのだから。
『ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認しました。カタパルト推力正常、コアスプレンダー発進、どうぞ!』
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」
フットペダルを思い切り踏み込んで、左手で力いっぱいスロットルを全開にする。直ぐにカタパルトの加速度が体へと強烈な負荷をかける。
背中がドンとシートに押し付けられたが、そのまま直ぐに視界が開ける。モニターを確認しながらドッキング作業のために僅かにスピードを落とした。何度も何度も繰り返し行ってきたこの作業をシンは面倒だとも思ったことがない。自分にとって大切な機体なのだ、インパルスは。
ブラストシルエットが背部への軽い衝撃と共に接合するとPS装甲のために深い緑色の機体がそこに現れる。ピピッという軽い警告音と共にルナマリアの修復した赤いガナーザクウォーリアがヴェサリウスから発進したのを確認して、シンはビーム砲を撃ってくるジンに向かってM2000Fケルベロスを向けた。
ふと、アスランの言葉が蘇る。
なるべくパイロットを殺さないように…って。
(簡単に言うなよ、もう!)
アスランには言い忘れていたが、最初に遭遇したデスティニープラン推奨派の覚悟は相当なもので、前回は危うく自爆に巻き込まれたのだ。それを考えると果たして生け捕りなどということが可能なのか甚だ怪しい。
「くそっ」
不殺なんてそんなこと。どこかの誰かを彷彿とさせてシンは唇を噛んだ。
薄紫色のジンのボディが散会する。
『このぉ!』
通信は切ったが回線は開きっぱなしのザクからルナマリアの怒声が飛んでくる。シンは頭部のメインカメラをロックすると迷わず撃った。
確かな手応えと共に、目の前のジンの頭部が吹き飛んだ。爆煙が上がり視界を一瞬、覆い尽くすその隙を三機のジンが踊りかかった。手には斬機刀が握られている。シンは迷わずスラスターを全開にすると上へと交わしミサイルランチャーを放つ。
「くそっ」