空と太陽を君に
記憶が戻った彼は、以前のレイにすっかり戻っていた。キラの話によれば確かにレイがデュランダルを撃ったということだが、誰からも証言が得られず表向きはタリアとデュランダルはメサイア崩壊時の爆破に巻き込まれたことになっている。レイがそういう行動を取ったこと自体、アスランにとっては以外なことでしかなかったが、自分の父親を止めに行こうとしたアスラン自身と少し姿が重なって、以前のレイとは違う見方ができるようになったのだ。
「そうね。でもレイとも少ししか話したことはないけど…とても責任感の強い、いい子だと思ったわ。最初は軍に戻すことはどうかと思ったけれど…何もせずに過ごすよりレイにとってもシンにとってもいい事だと思うのよ」
「ええ、私もそう思います」
「彼らの力になってあげて頂戴、アスラン」
「私は…どうでしょうか。彼らには嫌われてしまっていますから」
苦笑して答えたアスランをルイーズは労わるように見つめて、付けっ放しのモニターを消した。
シンは、レイが軍に戻ったことをどう思っているのだろう。
レイは今もシンが大切に取っておいたという赤に袖を通し、今は事情が事情なので内勤になっているが時間が空けばシンの見舞いに行く毎日だ。その内にまた宇宙へと出るのだろう。
アスランはチラリと腕時計を見て、会議の時間が近づいていることに気づき、手に持っていた今回の事件についての報告書をルイーズに差し出した。
「それでは、これからメンデル取り壊しについての会議に出て参ります」
背筋を伸ばして敬礼したアスランに頷いて、ルイーズはそっと椅子に深く凭れた。
(これから…進んで、行かなくては)
***
「ちょっと、レイ!荷物ここでいいの?」
「ああ、机の上でも置いといてくれ」
リビングで大きな声を張り上げているルナマリアに、レイは適当に返事を返しながらも慎重に腕に抱えたシンを大きなベッドの上に下ろした。
「冷て…」
「我慢しろ。その内温かくなる」
シーツが冷たかったのか、思わず漏らしたシンの一言を一刀両断してゆっくりと二個重ねたふわふわの枕にシンの頭を沈めた。
「あのさ、レイ。俺…別に起きてても平気だけど…」
困ったようにレイを見上げながら言うと、鋭い視線が返ってくる。
「医者も言っていただろう。自宅に帰っても一週間は安静に寝たり起きたりをしていろと。お前は一応、重体だったんだぞ?幾らコーディネーターと雖も下手をすれば死ぬことだってある。自覚しろ」
「う…だって」
記憶が戻ったと思ったらこれだ。
一ヶ月もベッドの上の住人をやっていたら、流石に体が鈍ってしまう。口を尖らせたシンの髪を撫でてレイは一言、寝ていろよと釘を刺すと用事をすませにリビングへと戻った。それと入れ替わりに今度はルナマリアが入ってくる。
「シーン!私、これから仕事行くけど、いい子にしてるのよ?」
「ルナ…何がいい子だよ!」
「なによ、レイにこれでもかって甘えちゃって。荷物は私に持たせてレイはシンをお姫様抱っこなんて、甘すぎて砂、吐いちゃうわ」
「…俺は一人で歩けるって言ったんだぞ!それをレイがっ」
ミニスカートをひらひらさせてご機嫌のままルナマリアはベッドの端に座って、にやりと笑った。
「大体さ、寝室は一個で、ベッドもキングサイズのダブルベッドが一個なんて、どんな新婚家庭よ、あんたたちは!」
耳元でわざと息をふぅ〜っとかけながら囁くとシンは耳まで真っ赤になって、からかうルナマリアをぎろりと睨む。
半壊してしまったマンションから引っ越して、レイはシンと一緒に住めるマンションを探して借りてきたのだ。シンの自宅を破壊してしまったのは、半分は自分のせいでもあったし、幾らシンでも借りを作っておくのはレイの信条に反するので、家具から部屋から復帰した軍の任務をこなす傍ら探したり集めたりしていたのだ。だから寝室が一つなのも、ベッドが一つなのもシンのせいではない。
「ルナ!これもレイが勝手に選んで買ったんだからな!」
レイが悪いんだ!と火照る頬をシーツで隠すように頭から被った。ルナマリアはそんなシンが可愛くてついついからかいたくなるのだ。すっぽりと被って顔の見えなくなったシンの体をそっと抱きしめて、シンにだけ聞こえる声で言った。
「良かったね…シン」
ずっと、シンがこうして笑ったり怒ったりしてくれる日を取り戻せたらいいと誰より願っていたのはルナマリアだった。
「ルナ…」
ひょこりと出したシンの顔を両手で包み込んだルナマリアは、頬を寄せて目を閉じた。その柔らかい感触にシンは安らいだように笑って自分もルナの頬に頬をよせた。
「ありがと、ルナ…」
温かくて、くすぐったい。
二人で目を合わせて微笑むと、扉から低い声が響いてきた。
「何をしている、お前たちは」
レイだ。ドアに寄りかかって腕を組んで眉を吊り上げている。しかしルナマリアは悪びれもせずシンの白い頬にちゅっと唇を落として体を離した。
「る、ルナ!」
「あはは。じゃあ、そろそろ行くわね。シン、安静に。レイも…ね?」
「送るぞ?」
一応、レイが声をかけるとルナマリアは笑いながら、丁重にお断りした。
「いいわよ!シンの傍にいてやって」
じゃあ。そう言うと短めのスカートを翻して颯爽と行ってしまった。その背中を二人で何となく黙ったまま見送って、破顔した。
「ルナ…居てくれなかったら俺、駄目たったかも」
「女性というのは、いざという時には強いものだ」
「ルナが特別強いんだろ?」
「そうかもな」
十二畳ほどのフローリングの寝室はベッドとクローゼット以外にまだ何もない。二人が黙ってしまうと途端に静寂が訪れた。大きなガラス張りの窓は薄いクリーム色のカーテンが引かれているだけでまだ昼前の太陽の光が十分に降り注いで明るい。
ぺたぺたとスリッパを履いて近づいてきたレイが、ベッドの端に腰掛けて笑っているシンを見下ろすと背中を屈めて唇を近づけた。頬ではなく、唇に。
「ん…レイ…」
触れて離れるだけのキスを繰り返していたが、シンの白い指がレイの長い金色の髪をぎゅっと掴んだのをきっかけに、深いものへと摩り替わる。唇を何度か舐めると自然にシンの唇が薄っすら開きレイの舌と触れ合う。その刹那、なぜかお互いが確かめるように瞳を開けたので目が合った。
「ふ…っ」
濡れた感触が心地よかった。キスが余り上手でないシンは直ぐに息苦しくなって、レイの腕を引っかいて訴えるが、今日は離す気があるのかないのか、シンの指を握りこんだままシーツへと押さえつけて更に深く口腔を探った。
「………っ」
どれくらい貪っていたのか分からないほど。冷たい手をシンもぎゅっと握ると、レイは僅かに唇を離してふっと笑った。
漸く開放された唇は空気を取り込もうと忙しなく喘ぐ。
「シン」
「ん…?」
覆い被っているレイの髪がキラキラと光に反射するのが綺麗で、シンはふとレイから視線を逸らしてじっとそれを見つめた。ところが、胸に触れる何かに気づいてそちらを見遣るとレイがシーツを半分はいで、シャツの中に手を突っ込んでいた。
「レ…レイ、何やってんだよ」
ぐいっとレイの肩を押したが、彼は気にした様子もなく指を滑らかな胸の上で躍らせる。
「ん、ちょ…くすぐったいよ、レイっ」