空と太陽を君に
ずるりとレイが出て行った後、ぽっかりと空いてしまった場所からたくさん注ぎ込まれた精液がこぽりと零れだし内股を伝った。
「んん…っ」
その感触を、瞳を閉じることでやり過ごし、何度も荒い息をついているとレイの腕が伸びてきて、そっと体を抱き起こしてくれた。そのままずるずると縺れるようにソファに座り込んで抱き合った。
微かな汗のにおい。
乱れた呼吸を整えるように、暫らく抱き合ったまま動かずに互いの呼吸音と肌と肌を通して聞こえる心音を感じて黙って目を閉じていた。
濡れたままの下肢が気持ち悪かったが、それ以上にレイの存在をずっと近くに感じて、安らいだ気持ちの中にいた。
ぼんやりと、まるで揺り籠に入れられたような不思議な安らぎだった。思わずレイの胸に頬を寄せると長い綺麗な指が伸びてきて顎を捉えられる。くっと上向かされてシンは目を開いた。
「レイ?」
叫び過ぎて、少しばかり声が掠れていた。見上げたレイの顔がどんどん近づいてきて、ああキスされると思ったら自然と瞳を閉じた。
これがキスする時のルールだとレイに教えて貰ったからだ。
そんなものにもルールーがあるのかと、少々うんざりしたシンだが実際、目を閉じてレイとキスしていると自分はどうしようもなくなることに気づいた。逆らえない。
気持ちよくて、レイが好きなんだと再確認させられて抵抗できなくなるのだ。
レイはキスが上手で、いつもシンを翻弄していたから。それでも最近はシンからも仕掛けるようになった。
けれど今のように、ごく自然な仕草で誰かにキスすることは自分には不可能だ。どうしたら上手になるのだろう。
柔らかく重なった唇が、じわりと甘く痺れてシンは睫毛を震わせた。直ぐにレイの見た目に反して随分と熱い舌が絡んでくる。
「ん…っ」
指を伸ばしてレイの背中に縋りつくようにして乱れてしまった軍服を掴む。その度に角度を変えて何度も何度も口付ける。
どうしようもないほど、レイが好きだった。だから、どうしても彼の顔が見たくなってシンは彼に気付かれないように薄っすらと瞳を開いた。
「………」
その刹那、目に飛び込んできたのはレイの綺麗な顔だった。整えられた眉毛と長い睫毛。息が止まりそうなほど見惚れていた。それと同時にシンは気づいた。
(レイ、疲れてる…)
思いつめた頬。顔色の悪さはいつもの比ではない。本当はこうして抱き合っていること自体が彼の体力を奪っているということにも気づいていた。
笑う顔が、悲しいほど何かを決意していることもシンは知っていた。あれから薬を飲む量が一気に増えたことも知っている。けど、だからと言って自分に何ができるだろう。自分が唯一できることは彼と共に在ることだけだ。彼の目指す世界を、自分の目指す世界を…一緒に作って守っていくことだけだ。
だから、知らない振りをした。
何一つ、泣き言を言わないレイの言葉だけを信じる。
オレのしてきた事は間違いじゃないって…オレ達の目指した世界は偽者じゃないって、レイが信じさせてくれる。議長じゃない。アスランじゃない、ラクス・クラインじゃない。
レイだけが…。
ちゅっと濡れた音を立てて、唇が離れた。間近に見詰め合って何度か互いに目を瞬かせるとふいに可笑しくて笑みが零れた。
「議長が、折角下さった短い休憩時間に体力を消耗させることばかりやっているな」
「そうだな…でも、オレはこれで闘えるよ」
「体、辛くないか」
乱れてしまった髪を手ぐしで整えるように何度か撫でるレイの掌が優しかった。
「へーき。レイは?」
「問題ない」
シンは微笑んだレイの顔を見つめてホッと息をつく。
「そっか、良かった」
何時の間にか、指と指を絡め合わせて悪戯するように引っ張ったり綺麗な爪をなぞってみたり他愛もなく触れていた。
ここを出れば、そこにあるのは戦場で振り向いたら死が追ってきているこの世界はいつまで続くのか解らないけれど…。
「戦争が終わって、デスティニープランが軌道に乗ったら、議長、休みとかくれないかな」
何となく、離れがたくて寄り添って座ったままシンはぽつりと呟いた。
「…さあな…どうだろうな」
「レイ、戦争終わったら、二人でどっか行こう」
急に思い立ったように、シンは勢いよく隣に座るレイを振り返った。
「また突拍子もないことを言い出すな」
「だってさ、ここのとこ休暇って言っても艦内にいるか基地内だぜ?もっとさ、自然が一杯あるとこ行こう。空気が美味しくて時間がゆっくり流れてるようなとこ」
うきうきと勝手に話を進めるシンに少しばかり呆れ顔をしながら、レイは確かに…と珍しく頷いてみせる。
「随分と一緒にいるのに、どこかへ一緒に行ったことがなかったな」
「だろ?」
アカデミーで出会ってから二年。ほぼ同じ場所で同じ時を過ごしてきたというのに、レイはほとんど誰かと出かけるということがなかった。シンも誰かと連れたってどこかへ行く方でもなかったから、自然と部屋にいるかシンが勝手にどこかへ一人で行ってしまうかのどちらかだった。
「だからさ、キャンプとか…あ、それならルナやヨウランとかも誘って行こうよ。山にしよう山に。テント張ってバーベキューする。外で食うと美味しいんだよな。只の肉なのにさ」
「それじゃあ、二人にはなれないな」
レイに鋭い突っ込みを入れられて、シンはハッと我に返る。
「そっか、そうだよな…じゃあ、二度行けばいいんだ」
目を輝かせたシンを、どこか遠くに見守るように見つめてレイはシンの肩を深く抱き寄せた。
「約束…約束な?」
返事を曖昧な表情のまま受け流している彼を不満げに見つめて、シンは未だに繋いでいた手を一旦、解くと小指を引っ張り出して自分の指と絡めた。
「約束、レイ」
「なんだ、これは?」
言いながら繋がったままの小指をシンの腕ごとぶらりと目の高さにまで引き上げてレイは首を傾げた。
「あーそれ。それは…プラントとかにはないの?指きりって言って約束したよって証明というか儀式というか。破ると針千本飲まされるだぞ?」
その説明を聞いたレイは眉を寄せた。
「それは…恐ろしい儀式だな」
「そ。だから…約束…守れよ、レイ」
レイは彼が何を言いたいか、漸く気がついた。そして自分はシンとその儀式をするには余りにも不適当だと軽くショックを受けて苦笑する。
だからこそ、言っておかねばならなかった。
「シン…オレは…」
「レイっ」
どきんどきんと、心臓が早鐘を打つ。レイがこういう誤魔化そうとする顔で、少しだけ篭った声で、試すように名前を呼ぶとき。それはいつも自分にとって、余りありがたくない話題を持ち出される時だ。
表情変化の乏しいレイだが、それくらいの事は分かる。
聞きたくない。
聞きたくなんてない。
「シン、お前と約束は」
「レイっ!」
耳を塞ぐように、レイの声を掻き消すようにシンは叫んだ。レイが驚くほどの大きな声で。
「………」
シンは俯いたまま動けなくなった。次の言葉を聞くのが怖かった。
レイが何を言おうとしているのか、幾ら自分でも判ってしまったから。
苦しい。
苦しいよ、レイ…。
暫らく、沈黙が落ちた。
「今、言わなくていい…全部、終わったあとでいい。今は…聞きたくない」
頼むから…と、どこか哀願にも似た響きがあったその言葉を、レイは目を閉じて受け入れた。