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空と太陽を君に

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気のせいだと知っているのに、錯覚を起こしそうになる。
唇が、彼の名前を形作るたびに痛くて痛くて仕方ない。余りの痛みに泣くこともできない。
その度に何重にも鍵をかけて蓋をして心のずっと奥の奥に閉じ込めたものが、ここは苦しいと言って吹き出そうとする。
その今の自分には邪魔なものを、胸を掻き毟って押さえ込まねばならない。今も軍服の前を掴んで荒く呼吸を繰り返した。
(お前が…いないからだぞ、レイ…)
馬鹿…。

「シン」
じっと蹲っていると聞き慣れた声が自分の名前を呼んだことに気が付いて、シンはのろのろと顔を上げた。
きっと今、とても酷い顔をしているかもしれない。慌てて掌で自分の頬を引っ張って、その声の主…アスラン・ザラの顔を見上げた。
「アスラン…さん」
乾いた唇が紡いだ名前はシンにとっては苦痛そのものでしかない。けれどこの目の前の青年は真新しい議員の制服に身を包んで相変わらず心配そうな顔して覗き込んでくる。
「シン、具合でも悪いのか?」
「別に…平気です」
「でもお前、顔が真っ青だぞ」
緑のビー玉のような綺麗な瞳は、どこまでも優しい色をしていた。あの頃と何も変わらない。
そうだ、この人は…こういう人だった。優しくて、真っ直ぐで…自分の気持ちに嘘をつけない人だ。思わず真っ直ぐにアスランを見つめていと、長い指が伸びてきてシンの伸びてしまった前髪に触れた。それが何とも気持ちがいいのに居心地が悪くて、シンはさり気なく立ち上がる。
「大丈夫です。それよりアンタやっぱりその服、似合ってませんね。ていうか紫が似合わない。アンタは赤のが似合うよ」
ずけずけと物を言うシンに、軽く目を見開くとアスランは苦笑した。
「そうか?まあ…俺も少し着心地が悪いんだけどな。もう…一年も袖を通しているのにな」
肩を竦めて自分の立ち姿を見下ろしたアスランはシンの顔と交互に見ながら笑ってみせた。
「そういえば、久しぶりだな…シン。また少し痩せたんじゃないのか?」
「…宇宙に少し…出てましたから」
あえて否定はしなかった。
目ざといアスランは袖から出ている手首や全体的なシンの印象で直ぐにそういう事に気が付く。余りシンにとってはありがたくないことだ。
「そうか…艦に乗っていると、同じ食事でもなぜかあんまり美味しくないからな」
痩せた理由はそれだけではないと、アスランも知っていながら誤魔化した。それに気が付いたシンは自分も頷いて話を強制的に終わらせる。
「アスランさんも、少し痩せたんじゃないですか?顔も何かげっそりしてますよ」
「あー…うん。まあ、ちょっと忙しくてな」
ははは、と力なく笑ってシンの立っている傍らに来るとソファへと腰を下ろした。
「座って話そう」
促されてさっき座っていた場所と同じところに腰を下ろして、何となく人の流れに視線をやった。
「国防委員会、やっぱり大変なんですか」
「大変っていうか、そうだな。慣れないし大変は大変だ」
実際、顔色が悪いのはアスランも同じだ。彼は恐らく誰よりも立場が危うい場所にある。それは一切合財、全てアスランに非があるので仕方ないと言えば仕方ないのだが…。
ザフト全軍はこの国防委員会の配下におかれる。全ての命令はここから出されるのだ。そんな重要な場所に一度ならず、二度までもザフトを裏切ったアスラン・ザラがいるのだから、自然と周囲からの風当たりも強くなっていた。しかし立場があると言ってもシン同様、アスランもまた監視対象者だ。
それなのに、アスランが国防委員会に籍を置いているこの特別な措置は、現議長のルイーズによるものだ。
「大変だが…戦後処理や、俺は少しでも…プラントや地球の人々のために何かしたかった。全て壊して闘って、その後を放り出すことは俺にはできなかったから。全部自分で選んだことなんだから…仕方ないさ」
それを、真っ直ぐに言葉に出すアスランに、微かに嫌悪感を持った。否、嫌悪感ではないかもしれない。押し殺した筈の怒りだったのかもしれない。
そうやってまたアンタは…綺麗ごとばかりで。
あの雨の夜…裏切ったように、月の傍でデスティニーを堕としたみたいに、誰かを傷つけながら自分が正しいと思う道を突き進むのだろう。
闇の中に浸かりきった自分には、アスランの存在はとてもじゃないが眩しすぎるのだ。太陽を直接見上げるみたいに眩しくて眩しくて、目を眇めて痛みに堪えながら見上げる存在なのだ。彼は。
「………」
唇を噛んで、チェックボードを握った指に力を込めてシンは自分のつま先を見つめた。そんな彼を横目で見つめながらアスランは体ごとシンを振り向いてまるで諭すかのように声をかける。
「シン…議長に聞いたんだが、まだレイを捜しているのか」
びくんと、目に見えて揺れたシンの体にアスランの方が動揺したのかもしれない。見開かれた目が何度か瞬いて、細められた。
「だったらどうだって言うんです。そんなのアンタに関係ない」
突き放した物言いに、僅かに痛みを感じる。
「シン…」
「そんなことより、メサイアの取り壊し作業…アスランさんが指揮を執ることになったって聞きました」
「あ、ああ…そうだ。全ての元凶がある場所だから。議長が指揮を執らないかと言われるから是非にと受けたんだ。お前は気に入らないかもしれないが…」
「気に入るとか気に入らないとか…そんなこと考えたこともありませんよ」
ただ、全てを壊してしまいたかった。
デスティニープランが実行不可となってしまった今、議長やレイのためにシンにできることはメンデルを無へと還す事。二度と命を弄んだり誰かのために無理やり作られた生を生きねばならない人を作らないために。
人の命を道具にしないために。
苦しんだレイに唯一自分がしてやれることだと思った。
「多分、オレも立ち合わせて貰うと思いますけど…」
「ああ…そうだな」
「よろしく、お願いします。跡形も…残らないくらい」
壊してください。
それだけ言うとシンは立ち上がり、そっと拳を握った。
「それじゃあ」
それだけ言うとシンはアスランの返事も待たずに歩き出した。その細い背中を黙って見つめアスランは唇を噛む。
やっぱり、いけないと思った。このままでは、駄目になってしまうのではないかという思いに駆られる。シンが真っ直ぐさと純粋さ故に闘うことと力を求めることだけに執着を見せていた時に感じたものとは別の不安だった。
一見、落ち着いて見える今のシンはどこか細い細い棒の上を歩いているような不安定さを感じた。
「シン…」
アスランは何かを決意したように顔を上げるとビルの自動扉をさっさとくぐってしまったシンを追いかけようと走り出した。
「シン、シン!ちょっと待てっ」
迎えにきていた車に乗り込もうとする前に、何とかシンの肩を掴んで振り向かせる。
「なんですか」
振り仰いできた彼の顔は、何の表情も浮かんでいない。以前はあんなに表情豊かだったシンがまるで感情というものをどこかへ置き去りにしてしまったように思えてアスランはただ痛いのだ。
「お前、ちゃんと生活してるのか?」
「はあ?」
「だから、食事取ったり睡眠を取ったり、笑ったり泣いたり…色々だ」
アスランの真意は図りかねたが、シンは唇を歪めて薄く笑った。
「ご心配なく。生きてますよ、ちゃんと」
作品名:空と太陽を君に 作家名:ひわ子