シンはうちの子!
「…レイ?」
「………」
普段、整っているだけに引き攣った顔が尋常でなく怖い。シンは思わず眉を寄せた。
「おはよ、レイ…なに、どしたの?」
ごしごしと再度、目を擦って覚醒を促しながら首を捻る。しかし、レイはブランケットを捲ったままの姿勢で固まって微動だにしない。それどころか益々、顔が強張っていくのが下から見ていてよくわかる。
「?」
不思議に思いながらも、ベッドに肘をついて上半身を起こすと「ふあ~」と一つ大きな欠伸をしながら伸びをした。
「シ、ン…」
「ん?」
目尻に滲んだ涙を拭いながら見上げる。すると今度はブルブルと震えだしたレイに驚いて今度はシンが慌てる番だった。一番に浮かんだのは、あの連合の研究所でのレイのパニック障害だ。もしかして、またそうなのだろうか。
「ちょ…レイ…どうしたんだよ!」
「シン、お前…それは…」
「俺のことはどうだっていいよ!レイ、震えちゃってるじゃんか!」
大急ぎでレイに近づいて恐る恐る体に触れると、レイはびくんと揺れた。
「いや、寧ろお前のことだろう…それ、それはお前…」
人差し指で頭を指差される。
「それ?」
「その、その人に有るまじき…み、耳は何だ」
「耳ぃ~?」
耳が何だよ、と思いながらも顔の横についている自分の耳に触れた。…ちゃんとついている。試しにきゅっと引っ張ってみたが特に変わりも無い。
「…なに、別にどうもしないじゃん」
首を傾げると、レイはシンの腕を引っつかみベッドから引き摺り下ろした。
「来い!」
「え、わ…ちょ、レイ、レイ!痛いよ、引っ張るなってばっ」
強引なレイに引っ張られるままバスルームへと放り込まれる。よろめきながらも壁に手をついて何とか体を支えたが危うく転びそうになったのでレイを睨むと、なぜか物凄く複雑そうな顔で見つめてくる。
「もう…何なんだよ…」
「とにかく、お前…鏡をみろ」
「鏡~?」
硬い声で言われるがまま、シンは埋め込まれている洗面所の鏡を覗き込んだ。
何もないだろ?と…そう言うつもりだった。そこら映っている自分を見るつい数瞬前までは。
「あ…な、な…」
ぶるぶると震える両手で頭に触れる。髪の毛とは違う動物のような少しばかり硬い毛先。しかし、芯があるように少しばかりコリコリとした感触。左右対称に存在しシンが頬を引き攣らせるたびに、それも連動するようにピクピクと震えた。
「な…なんだよ、こりゃーーーー!」
背後で盛大な溜息をレイがついた。
「シン、それだけじゃない」
「へあ?」
余りの事態に驚愕して涙目になりながらレイを振り返ると、彼は人差し指だけ出して今度はシンの腰のあたりを指差した。
「お前の尻に生えているその尻尾はいったい何だ」
「尻尾ぉ!?」
慌てて振り返る。そして我が目を疑ったのは、今日は起きてまだ数分しかたっていないというのに、もう二度目だ。
「しっぽ!!!」
ぎゃああああっと叫んで逃げるように壁に張り付いた。
な、何だこれ、何だこれは!
何度も確かめようとして、壁にぴったりと身を寄せながら恐る恐る、もう一度頭に触れる。
「ひっ…」
しかし何度、触ってもシンの指に存在を伝えてくる…み、耳?
そして更に震える指を叱咤しながら伸ばして、何だか下肢に生えている尻尾らしきものに触れる。
(あ、あ、あ…温かくて…柔らかい…)
ちなみにそこに生えている毛は漆黒で、随分と毛並みの美しいものだった。触り心地も正直言うと、最高だ。これが動物だったら、シンは間違いなく、可愛いなあ~と暢気な台詞を吐きながら抱っこしていただろう。
しかし。
「れ、れい、れい、れいれいれいれいれーーーーい!!」
急激に恐怖を感じて、呆れた顔で頭を抱えているレイの軍服に縋りついた。
「俺、あの、俺っ…耳っ、みみっ」
「………」
「だって、尻尾と、耳が、俺、ええええっ」
「とにかく、落ち着け」
目に涙を一杯ためて身振り手振りを交え、一生懸命説明しようとするのだが全てがから回っているシンの頭を撫でてレイはいい加減、諦めた。
「だって、レイ、レイぃぃぃ、何だよこれ~ッ」
うわああああん、と泣きつくとシンの頭についている耳もしゅんと内を向く。それを思わず凝視してレイは赤面した。
(まずい…可愛い…かもしれない)
いや、いやいやいやいや。可愛いか可愛くないかの前にどう考えても常識的におかしい。自分もいい加減混乱しているらしい。
「とにかく、こっちに。少し落ち着け」
錯乱状態のシンの肩を抱きながら、部屋へと戻りベッドに座らせる。レイもその隣に腰を下し、まじまじとシンの頭とお尻についている耳と尻尾を見つめた。
「…何をどう見ても…猫耳とネコの尻尾だな…」
「う、うう…ねこ…」
「お前にそんな趣味があったとは知らなかったが…いや、人の趣味にとやかく言うつもりはないし…しかし、シン…」
「馬鹿!そんな趣味ってどんな趣味だよ!!そんなんないに決まってるだろっ」
「じゃあ、これはなんだ一体」
くわっと怒鳴るシンに思わずカチンときてレイはシンのピクピク動いている愛らしいネコ耳をむぎゅっと抓るようにして引っ張った。
「うあ!」
びくんとシンの体が走るように突き抜けた痛みに揺れる。
「いた、痛いだろ…っ」
その発言に、レイは更に目を丸くした。
「お前…玩具ではないのか?」
「ヘ?」
痛みに思わず身を屈めて蹲ったシンが目に涙を浮かべて、レイを見上げる。
「その頭と尻にくっついているものは、飾りじゃないのかと訊いている」
「ん…なわけ、あるかあ!」
「そうなのか…」
「そうなの!」
ああああもう…どうしたらいいんだよ…とまた涙を浮かべたシンが嘘をついているとも思えない。レイは軽く溜息をついてからぽんぽんとシンの頭を撫でてやった。
「気にするな、俺は気にしない」
「気にするよ、ていうか気にしろ…レイ~」
「…」
確かに。
「ぎる…議長に相談してみるか」
「えっ、この姿を議長にみせんの!?」
やだ!
それは絶対、やだっ!
自分の肩を抱いてぶるぶる震えているシンに眉を寄せてレイは溜息をついた。
「だが原因を知らなければ解決のしようがない。原因は分からないのか?」
そう言われても、原因など思い当たる節もない。
「変なもの食べたとか」
「レイと同じもん喰ってるよ!」
「とにかく、よく考えろ。昨日立ち寄った場所、行動、口にしたもの」
落ち着いた口調で言われて、幾分シンも冷静になってきた頭で考える。
昨日、きのう…昨日は朝起きて、レイと食事に行って同じものを食べ、インパルスの整備とOSのチェックに格納庫に行っていたら連合と戦闘になって…帰投して、ルナとレイとちょっと休憩して、インパルスの整備をして3人でご飯食べて…寝たくらいだ。
そう伝えると益々、レイは首を捻った。
「何も要因になるようなことはないな…」
「当たり前だ!」
「思い出せ、シン…例えば…猫を見なかったか?猫という言葉を聞かなかったか」
レイの自分のことのように必死になってくれている様子に、シンは些か感激しながらも必死で思い出そうとした。
ねこ、ねこ…ねこねこねこねこねこ。
「うーーん…」
「………」
「んー…」
「………」