シンはうちの子!
「ンアアアーーわっかんねぇ!」
さっぱり記憶にない。
「もう…こんなモンがついてるからいけないんだ!毟り取ってやるっ」
ぎゅむっと両手で両耳を掴んでギリギリと引っ張ると、余りの痛みにじわりと涙が浮かぶ。なんだってこんなに敏感にできているんだ。
「シン、落ち着け!」
慌てて止めるレイの腕を振り払ってシンは叫んだ。
「落ち着いてられるか!俺はザフトの赤だぞ?折角議長からインパルス貰って、ミネルバでレイの隣で闘ってるのに…こんな、うえっ…情けない…っひく…姿で…っ」
うわあああん!
本日、何度目かの泣き声をあげてレイの膝に縋りつく。
「こんな猫耳のためにぃぃぃ」
………。
(ん…?)
ネコ耳のために…?
「どうした?シン…」
よしよしと撫でながら、ぴたりと泣き声が止まったシンを覗き込むと、彼は固まったまま拳を握り締めた。
「ジーク…ねこ、みみ…」
「…はい!?」
「ジークネコ耳、ネコ耳のために!!」
思い出したあ!
がばりと勢いよく起き上がったシンはレイを振り仰いだ。
「連合の…最後に撃墜したウィンダムに乗ってた兵士が…言ってた」
「何をだ」
「呪いを…って」
「呪い?」
「ジークネコ耳…ネコ耳のためにって!」
その後、少し頭痛がしたのだ、確か。そう言えば昨夜も少し痛かった。何で今の今まで思い出さなかったのだろう。
「絶対、あいつだっ」
くそおおお!
拳を握って悔しがるシンを、レイは呆然と見つめた。
(本気ですか…)
「お前、そんな非科学的なことが…」
「俺だってわかんないよ!でもそれ以外思いつかねぇんだもん!」
大真面目な顔で断言されれば、レイもそれを信じるしかない。なにせシンの頭に生えている耳は本物なのだ。
「わかった、少し調べてみよう」
「レイ~」
がばっと隣に座るレイの体に抱きついて、ゴロゴロと喉を鳴らすシンを抱き返していると本当の猫を抱いているような錯覚に陥る。
(こいつは犬タイプだと思ったんだけどな…)
ふう…と海より深いため息をついた。
***
それから3日。
運良くミネルバは戦闘もなく、穏やかな日々が続いていた。相変わらずシンの頭にはネコ耳とお尻には尻尾が生えていたが特に特筆すべき問題もない筈だった。
「それにしても似合うわよね」
「そうだよな~もう3日めだから見慣れてもいい筈なのに、可愛いじゃん」
ルナマリアの言葉にヴィーノもうんうん頷いて、ムスッと唇を尖らせてソファに座っているシンを覗き込む。
「ネコ耳の呪いって…原因は結局分かったの?」
「今、レイが調べてくれてる」
「レイも大変ね~」
「人事みたいに言うなよ!」
「だって実際、人事だもーん」
「…」
にやりと笑ったルナマリアを睨んでシンはそっぽを向いた。ピンと立った尻尾がパタパタと左右に揺れる。
「あ、シン機嫌が悪くなったろ」
ヴィーノが言うとルナマリアがきょとんと目を丸くした。
「何であんたにそんなこと分かるのよ」
「昔さー、飼ってたんだよね。猫。そんで不機嫌になったり腹が立ったりすると犬とは反対で猫は尻尾振るんだ」
「へぇ…ていうか、シン…猫化が進んでるんじゃないの?」
「なんだと!あ…っ、触んなよ、馬鹿っ」
「だって、シンの尻尾気持ちいいんだもん」
ヴィーノが機嫌良さそうに毛並みの良い短毛の尻尾を撫でてやると、シンの体がふいにぴくんと揺れた。
「やめろって、この!」
その時だ、傍で呆れたようにやり取りを見つめていたヨウランの手から空き缶が滑り落ちて派手な音を立てて床に転がった。
「…っ」
シンは目を瞠った。おかしい…その空き缶の転がる様を見ているとどきんと胸が高鳴る。うずうずと飛びつきたい衝動に駆られた。ヨウランが身を屈めてその缶を取ろうとした刹那。
「俺の!」
「ヘ?」
したっと床を蹴ってヨウランを押しのけ、転がる缶に飛びついた。
「!」
驚愕だった。
驚愕どころか一瞬にして場の空気が固まる。しかしシンはそんなことお構いなしで指を丸めて必死で遊んでいる。
指や手で弄って転がすと何とも愉快な気分になるのだ。
「シン…」
「シン!」
「やばい…猫化がますます…誰かレイ呼んできて!…ちょっと何をやってるのよ、アンタは!それはゴミでしょ、ゴミ!」
缶が転がって行ったり来たりする様に夢中のシンは止めようとするルナマリアの腕を払って何と睨みつけた。
「うるさい!俺は楽しいんだから邪魔すんなってばっ」
「シン!落ち着きなさいっ」
「そうだよ、シン…!赤服のトップガンが何やってんだよ~ッ」
ルナマリアとヴィーノ二人がかりで缶から引き剥がした頃にはお互いに息が上がっていた。ていうか、良かった…ここに自分たちだけでと思わず周囲を見回してしまったほどだ。こんな姿を他のクルーに見られたら…それを想像するだけで涙が出そうだ。
「離せよ、ばかっ…やだっ…俺は遊ぶんだあ!」
「シン!」
そうこうしているとヨウランが呼びに行ったレイが息を乱して駆けつけてきた。その声を聞いた途端だ。シンは缶から手を離し入り口にいるレイに飛びついた。
「…!」
「レイ、レイ、レイ…ッ」
「シン…お前、何をやっているっ…ぐはっ」
ぎゅうぎゅうと首の後ろに回した手に力が篭ってきた。
(く…くるしい…)
「シン、ちょっと落ち着け」
「わかんない、何か俺、変なんだよ…レイ」
赤い目が潤み始めてレイはぎょっと目を剥いた。
「俺、おれ…っ」
「とにかく部屋へ戻るぞ」
「うん」
抱きついたままのシンを片手で抱き寄せながら、レイは深々と溜息をつく。もうこの3日で何十回とついたものだ。それにスキンシップを取ること自体は、シンは好きだったが、彼の方から余りべたべたとくっついてくることは今までなかった。それがどうしたことか昨日あたりから不安なのかやたらと潤んだ目で擦り寄ってくるのだ。
レイにとっては別段問題もないし寧ろ大事にしてきたシンが頼ってくるのはレイの男冥利につきるというか。全く悪い気はしないから構わないが…。
そんな二人の様子を見て、ルナマリアは首を傾げた。
「レイ…何かさ…シンってば猫化が進んでるわよね?」
「…そうだな…確かに」
まだ、たった三日なのだが、甲板に出て日当たりのいい場所で突如として寝てみたり。今まで牛乳など好んで飲まなかったのに、コーヒーではなく牛乳を飲んだり。今朝はスープをスプーンを使わずにがぶ飲みしようとして慌ててルナマリアとレイに止められたのだ。
「どうにかしないと拙いな…」
「よね…はあ…もういつまでも手間のかかる子なんだから」
腰に手をあてて、呆れたようにシンの尻尾とネコ耳を見つめる。
当の本人はレイに抱っこされているのが気持ちよくなったのか、腕の中でうとうととしていた。ふとレイはさっきからやたらと鼻腔に感じる甘ったるい匂いに気がついた。
「全くだ。…そうだ、ルナマリア」
「え?」
「こいつに何か甘いものを食べさせたか?」
「甘いもの…いいえ。何も食べてないと思うけど…どうしたの?」
「いや…何でもない…すまなかったな」
「何でレイが謝るのよ」
「いや、何となくだ」