シンはうちの子!
ほんっとに甘いんだから。と肩を落としてルナマリアはさっきまでシンがじゃれついていた空き缶を拾うとダストボックスに投げ捨てた。
「ほら、シン起きろ。ちゃんと歩け」
「んー…何かねむ…い」
ずるずると引きずって歩くシンとレイの背中を見送って、ヨウランと二人顔を見合わせた。
「………」
決して広いとは言いがたい二人部屋の士官室をシンはひたすら腕を組んだまま、うろうろと歩いた。
「ネコ耳の呪いというものが実際あるのかどうかは結局は分からなかったが、ギッ…議長のデータベースを拝借して調べるとこんな記述があった」
今はシンに背中を向けて、コンソールパネルを弄るレイは淡く発行するモニターに示された文字を目で追った。
「何でもコーディネーターの中には遺伝子調整をする際に、不純物がごく稀に混じることがあって、その時は何ともないが時間がたちそのコーディネーターが成長する内にその外部からの物質が何らかの化学変化を起こし…聞いてるいるのか、シン!」
相変わらずブーツの音がコツコツと鳴り止まない背後を振り返って、レイは珍しく声を荒げた。
「聞いてる。ちゃんと聞いてるって」
「………」
「遺伝子が、おかしいんだろ?」
「シン…」
「ヘ?」
「お前、何を脱いでいる」
ぶるぶると震える指でシンの足元に散らばった軍服を指差し、レイは流石に顔を引き攣らせた。ブーツを片方ずつ脱ぐと、適当に放り投げる。
「何か熱くて…俺」
すでにシンはアンダーシャツ一枚きりで下は何もはいていない。真っ白い肌が薄暗い室内の中、透き通るような奇妙な輝きを持っているようでレイは息を飲んだ。
「なあ…レイ」
ぺたぺたと素足で床を歩いて、椅子に座って固まっているレイの傍まで歩み寄った。
「レイってさ…すっげー綺麗だよな…」
「シン…お前…」
「だって、肌なんかすべすべだし…レイは凄くいい匂いがするし…何かさ…食べちゃいたくなるよな…えへへ」
緩慢な動きで指を伸ばして、レイの頬に触れたシンはにっこりと見たことのないような微笑を浮かべた。
「えへへじゃない、シン!」
きしりと二人分の体重がかかり、椅子が小さく悲鳴をあげる。
「レイ見てると、俺すごくドキドキするんだ。何だろ、これって…」
「シン!」
椅子の肘掛に両手をついて腕の中にレイを閉じ込め、シンはそっと身を屈めてレイの頬に唇を寄せた。小さく舌を出してぺろりと舐める。
「やっぱ、いい匂い」
妙に艶かしい赤い舌だった。レイは思わず焦ってシンを押しのけようとするが存外、強い力で払いのけられる。
「よせ、シン…お前はすでに錯乱しているッ」
「錯乱はしてないって。興奮してる、かな」
「こっ…」
酔っ払ったように潤んだ目と朱色を掃いたように薄桃色に染まった頬。甘い匂い。ついでにピンと立った猫の耳。しきりに体を摺り寄せ、喉を鳴らす仕草はそう…まるで…。
「お前、まさかとは思うが…」
相変わらずぺろぺろと舌でレイの顔中を舐めながら、甘えてくるシンを見下ろして漸く思い当たった。
最近の甘えぐせ。(これは元からか…)潤んだ目で擦り寄ってくるシンからはいつも何となく甘い匂いがしていた。更に言えば落ち着きのなさ。(これも元から…)
「発情期、なのか?」
たった3日で!?
「よく、わかんない。でも、俺…なんか体が熱くて…レイみてるとムラムラしてくるんだけど…」
「馬鹿!充分発情してるっ」
「…そ、なの?おれ、レイに発情してるんだ…」
そうかもしれない。だってレイ綺麗だし、かっこいいし、優しいし…ずっと好きだったんだから。もういっそ勢いに任せて押し倒すのもありかもしれない。無防備なレイが悪いんだ。
ぼやけた頭で考えてシンは一つ頷いた。
「よし、そうだよな。レイが悪い」
「…何でそうなるッ」
「大人しくしてろよ、レイ…気持ちよくしてやるからさ」
エッチなことなんて、本当は今ひとつどうすればいいのか何てわからない。もうこうなったら本能に任せるしかないとシンは椅子の上で顔を引き攣らせているレイの下肢にそっと触れた。
「あは…硬くなってる、レイ」
「直球過ぎるぞ、お前は!」
もう血管がぶち切れそうなレイは、ぐいぐいと迫ってくるシンの両肩を掴んで無理やり引き剥がした。
「何でだよ、レイ~~っ」
「落ち着け!」
「落ち着いてられるかあ!」
「…シンッ」
思いっきり怒鳴りつけて、いつもの条件反射でびくんと身を竦ませたシンの隙をレイが見逃す筈もない。男にしては細い手首を掴むと勢いよく引っ張って、隣にあるレイのベッドの上に引き倒す。
「うあっ」
驚いたシンが悲鳴をあげて衝撃に息を詰めた。見事にシーツの上に押し倒された事に気が付いてじたばたと身を捩るがレイは難無くその抵抗を、腕を使って封じ込めていた。
「やだっ、レイの馬鹿!俺のこと嫌いなのかよっ」
「馬鹿はお前だ!」
好きだから困っているんじゃないか。
大体、今まで優しく傷つけないように大事にしてきたというのに…今までの苦労は一体なんだったんだ。ちょっとそんなネコ耳をつけられて、発情したシンに押し倒されて逆にやられてしまいましたなんてギルバートに合わせる顔がない。顔がないどころかレイのプライドの問題なのだ。
「体が熱いんだよっ、レイとエッチなことたくさんしたいんだから仕方ないだろっ、やらせろ、馬鹿あっ」
目尻に涙を溜めて、好き勝手喚くシンを見下ろして、レイはほとほと疲れを感じてきた。
やらせろってお前…。
「シン…」
涙が零れて、少しばかりしょっぱいシンの頬に唇をつけると、腕の中り体は小さく身じろぎした。
「レイィ…」
「誰も嫌いだとも、エッチなことしないとも言ってないだろう」
「へ?」
「俺はずっとずっとお前が好きで…シンのこと大切にしてきたつもりだ」
ゆっくりと語りかけてくる口調はまるで問題児を 前にした母親のようだ。真摯なほど真っ直ぐに見つめられて、シンはぐすりと鼻を鳴らした。
「シンは、俺のことが嫌いか?」
「きらい、じゃない…すき、好きに決まってるだろ…レイが大好きだよ、ばかーーーっ」
相変わらずテンション高く叫んで抱きつくシンの頭を撫でて、一度、引き剥がす。
「それなら訊くが…猫として発情しているから俺とやりたいのか、俺が好きだから俺とやりたいのかどっちだ」
そんなことを、真面目な顔で聞かれても極度の緊張と興奮状態が続いている今のシンには分からない。
「そんなの…」
ただ…。
体が熱くなって、頭がもやもやして、ぼやぼやってなった時にレイの顔が見たくなって…。
それで…。
「わかんない、けど…ヨウランでも、ヴィーノでもルナでも駄目なんだ…レイの顔みたら、我慢できなくて…」
「………」
シンには分からないように、小さく溜息をついて瞼を閉じた。
「俺だから、なんだな?」
念を押すように問うと、シンも小さく頷いた。
「レイだから…」
「…ならいい」
組み敷いたまま、レイが顔を俯けてシンの唇にそっと口付ける。ちゅっと音が鳴って何だか益々、恥ずかしいのに凄く感じてしまう。上気した頬のまま見上げるとレイの蒼い目と視線が合った。
「やらしいこと、すんの?」
「それがお前の望みだろう?」