東方無風伝その6
夜は明け、眩しい陽が上って早二時間。
屋台から離れ、あいつの案内の元人里に向かう。今度こそは、ちゃんと案内してくれんだそうで。信用ならんな。とは思いつつ、頼れるのはこいつだけなので、不祥ながらもあいつの言う通りに歩く。
青い空が見える。無事に森を抜けて広い道に出ることが出来たようだ。久し振りに見る空色は、寝不足ぎみの眼に毒なようで、眼に滲みて涙が流れる。
うわ、なんか恥ずかしい。と羞恥心が何でか沸いて、隠すように涙を拭う。
「おセンチにでもなっているのか?」
「五月蝿い黙れ」
と一蹴して、周囲を見渡す。一見すると用心深く、辺りに妖怪がいるのではと警戒でもしているように。でも本当は、見えないあいつの姿を探すかのように。
まぁ、見えないのだから、見つからないと言うのは解っているが、それでももし見つけられたらと言う淡い期待を持ってみた。もし姿があるのならば、その顔面を殴ってやる。
「どうした、そんな挙動不審になって。変質者にしかなってないぞ」
「……いや、妖怪を警戒したまでのこと」
「安心しろ。その時は警告してやるから」
……本当に警告してくれれば、頼れる仲間なのだが、こいつの言う事は信用に欠けるからなぁ。
「……妖怪は警告するが、野獣は近寄ってきても警告しないとか?」
「あれ? なんで解った。お前エスパーだったのか」
「オーケー、殴らせろ」
「だが断る」
相変わらず、俺もあいつも飽きないなと思う。
飄々と答えるあいつも態々俺に付き合ってくれる辺りは、ノリの良い奴だと思わざるを得ない。
こいつは楽しんでいる。俺を駒にすることで。
なんとなく解る。俺もあいつも、話し相手なんて生まれて此の方いなかった。だから、ついついからかいたくなるもので。
俺もこいつも、ずっと孤独だった。だから、こうして『話す』という初めてが楽しいのだろう。無論、俺だってそうだ。こうして身体を持って、人間として生きて。生きるということ自体が初めてだ。
俺を玩具にすることを、あいつは心底楽しんでいるだろう。玩具を与えられることだってなかった。俺もあいつも一生に一度のチャンスかもしれないんだ。
だから、精々遊ばれることにしよう。幻想郷の俺の為にも、俺自身が楽しむ為にも。