東方無風伝その6
痛たた、と尻を擦り状況判断。
目の前に同じ様に尻餅をついた女性が一人。どうやら前方不注意により、この女性と正面衝突してしまったらしい。
取り敢えずは、立ち上がって手を差し出す。
「大丈夫か?」
と声を掛ければ、女性はそれで漸く手に気付いた様子だった。
「あぁ、すまないな。助かるよ」
そう声を掛けてから手を掴んでくる女性。その手を引っ張り上げて身体を起こす。
「いや悪かった。怪我は無いか?」
「大丈夫だ。そちらこそ、怪我は」
「ないさ。これでも鍛えているんでね」
ぶつかった女性は、外の世界ではあまり見ない特徴的な帽子を被った、青く長い髪の女性だった。
年齢はまだ二十歳にもなっていなようだが、口調は妙に大人びている。精神年齢的には十分に大人と言えるタイプの人間なのだろう。
「すまなかったな。今日は満月だから、考え事をしていたせいで」
「気にする事なんかない。それなら俺だって前をしっかり見ていなかった」
満月だから、と何だか引っ掛かることを言う。もしかしたら、彼女は妖怪なのだろうかとも思った。満月は妖怪の力も気分も高揚する日だから。だが、彼女からは妖怪のような気配はしない。だからと言って、人間でもないようだが。
人間には近いが、もっと嗅ぎ慣れた匂い。獣の匂い。
「獣人か」
「そちらは外来人か」
ほぼ同時に、互いに相手の素性を匂いで理解する。
肯定も否定もどちらともせず、沈黙が流れる。
沈黙は肯定と同義。俺は外来人で、この女は獣人と言う事を認めた。
「……外来人って、そんなに匂うのか」
着物の裾を持ち上げて匂いを嗅いでみる。……相も変わらず解らない。自分の匂いは何時だって解らないものだ。
「何と言うか……失礼かもしれないが、良いかな」
「あぁ、別に何と言われようとも気にはしないさ」
「脂っこい感じがして、それと同時に埃っぽい匂いだ。悪い意味ではないが、匂うといった感じだ」
「成る程」
見事に外来人の特徴を捉えた感覚だ。彼女は獣人だから、普通の人間では解らない匂いまで嗅ぎつけることが出来たのだろう。だから、最近の外の世界の人間の食、そして環境の匂いまでが解ったのだろう。