東方無風伝その6
「幻想郷に来て、もうどれくらいになるんだ?」
「一カ月程度かな。大体だが」
「やっぱり、それくらいか」
幻想郷に住み着いて早一カ月。その短い期間で、俺に沁みついた外の世界の匂いに、幻想郷の匂いが僅かでも混ざり始めてきている。この少女はそれを嗅ぎ取り、こちらの世界に来た期間までを推測していたようだ。
人間の身体を持つ俺では到底真似出来るようなことではないことだ。流石獣人。
「幻想郷にも慣れてきた頃合いか。どうだろうか、幻想郷は外の世界のモノから見て、平和な世界に見えるだろうか?」
「平和過ぎて生欠伸が出るくらいだ」
「生欠伸だと? どういう意味だ」
「人間を殺す妖怪が跋扈する世界。それなのに、飽きる程に平和。矛盾しているな」
「それは、現場を見ていないから言えることでは」
「そうかもな。それでも、見てみろよ、この人里とやらを。ここは妖怪に襲われない絶対に安全な、隔離された里。違うか?」
「そうかもしれないが、だが里の外に出れば危険だ。何時妖怪に襲われてもおかしくない。どうして死のうが不思議ではな
い」
「だからこそ、中途半端。生きようと思えば人里で完結する」
人里で生まれ、人里で成長し、人里で死ぬ。危険な世界で安全なこの人里。
だからこそ、生欠伸が出ると言うのだ。
「では、そちらから見て、外の世界はどのような世界に見える」
「私から見てか」
顎に手を当て考え出す少女。
今まで、外の世界から見た幻想郷とは考えた事が有っても、その逆は無かったようだ。
人間らしいなと苦笑いが漏れ出た。自分を中心とした考えだ。自分が住む世界のことは考えるが、他の世界のことは眼中にない。
別段悪いとは言わない。生きるには自分が大切だから。それでこそ人間らしいと言うモノだ。
「私から見て外の世界とは、憧れだ」
「ほぅ。詳しく教えて貰って良いかな」
「私は寺子屋を開き、其処で子供たちに勉学を教えている。外の世界には、私の知らないことが沢山ある。沢山私に知識を授けてくれる。外の世界は私にとっての教師だ」
……八雲紫とは逆に、この少女は未知を知りたがっている。良いことだと思う。それでこそ人間は進化する。それとも、この少女が獣人だからこそ、人間と違った考えを持つことが出来るのだろうか。
「だから、私に外の世界を失望させるようなことは言わないでくれ」
少女は懇願するように言った。