東方無風伝その6
それからは特に問題らしい問題なんて無く、無事に人里の外まで出る事が出来た。
人里から生まれた道に沿って歩いて行けば、そのうち湖に着く。その湖のすぐ近くに紅魔館は有るんだそうだ。
湖と聞くと、頭の中の記憶が掘り返される。つい一カ月前のこと。俺が幻想郷に落ちて着いたのは湖、危うく溺れて死にそうになった。それどころかそのすぐ後には氷を操る妖精に襲われ殺されかけ、更には寒さで凍死する寸前だった。
運が良かったと心底思う。
チルノ達から逃げきれたのも、魔理沙が倒れていた俺を見つけたのも、全部運が良かったとしか言いようがない。
そんな苦い過去を思い出しつつ道を歩けば、眼の前にちょっと引っ掛かるものがあった。
「……どっちだ」
道が二つに分かれていた。片方は東に続く道と、北に向かう広い道。
「どっちだろうな」
「どっちでしょうか」
「さぁどっち?」
「ふざけてないで教えやがれ」
こう言う時の助け船、のはずなのだが、相も変わらずふざけた態度。
「偶には自分で考えて判断したらどうだ?」
「情報が少ない。まだ判断出来るほど集まっておらん」
はっきり言って、俺が持つ紅魔館の情報は少ないのだ。俺が幻想郷に来たばかりの頃、霊夢達が言っていた吸血鬼。西行寺が言っていた、悪魔の住む館。拳法の達人がいる。湖の近くに構えている。その程度にしか過ぎない。
「紅魔館は不吉な噂が絶えない。だから、人々からは忌み嫌われていたりする。それが現すのは――――」
「こっちか」
と、あいつの言葉を最後まで聞く事無く、狭い東に続く道を俺は選ぶ。
「なんだよ、人の話は最後まで聞けって教わらなかったのか?」
「それが現すのは、人の通りが少ないと言う事。即ち、道の狭い東が正解」
「……」
悔しいのだろうか、だんまりを決め込むあいつ。
ふはは、良い気味だ。偶にはこう言うのも良かろう。一廉気分に浸るのも悪くなかろう。
「後悔するぞ」
そんな負け惜しみが聞こえたが、そんなものは無視して東へと歩みを進ませる。
フラグが立っているとは、この時の俺は思いもしなかったのだった。