東方無風伝その6
「気を付けなよ、あんたに気付けるのは私達だけじゃないんだからね」
萃香の忠告を胸にしまい、さて本来の目的である紅魔館へと足を向ける。
霊夢にこの博霊神社からの道程を教えてもらった。霊夢は説明が下手で解り難かったが、あいつの道案内も兼ねていけば大丈夫だろう。
それならあいつの案内通りに進めば、とも思うがあいつの言う事は信用に欠ける。
どうやらあいつ曰く、俺が選択しなかった北への道は湖に通じているらしく、そこが妖精達の縄張りのようなものらしい。そんな湖から人里へと妖精達が遊びに行くことが多いから、あの道は広かったようだ。
紅魔館は此処から三十分も『飛べば』着く距離だそうで、歩いて行くともなればもっと掛かるそうだ。
飛べるって便利そうだなと思いつつ、飛べないことが普通だと開き直って歩いて行く。
霊夢には別れ際に、これは貸しだから、と言われた。これが意味するのは、俺の受け持っている借金は道案内の分だけ増やす、と言う事なのだろう。
畜生、守銭奴め。聞いてからそれは無いだろう。
悪態混じりに溜め息を一つ吐く。
何れ俺が幻想郷で安定した生活を手に入れた際には、今までの借りや利息を付けて借りた金を返さねばならないだろう。
なんだか霊夢が闇金融に思えてくるよ。
「おい」
「あ?」
一人この先の生活のことに少し憂鬱な気分になっていれば、あいつが声を掛けてきた。
「どうした」
「右方より妖怪接近中。既に気付かれているぞ」
その言葉を聞いたと同時に、今まで弛んでいた空気を緊張で固く張りつめたものに一変させる。
腰の刀に手を掛け、あいつの言った右方を向いて構える。
深い森の奥から現れるのは、さて何だろうね。
風が揺れて、木々を靡かせる。
静かな流れるような澄んだ音の中から一つ、場違いな音が奥から響く。
風が奏でる音を全く考慮せずに、土を踏み躙り空気を叩き、木々を退かすような音。
それは単に俺に向かい歩いてきているだけに過ぎない。だけど、なんでか今のこの場を冒涜するようだった。
「……どっかで見た顔だな」
森から現れるのは、人間一人を飲み込めるほど大きな黒い球体だった。