東方無風伝その6
以前これと出会った時のことを思い出す。確か、白玉楼へと魔理沙と共に向かう途中にこいつと出くわした。
あの時は魔理沙が退治してくれたが、今は俺一人しかいない。
……無様だな。こんな時に他人を当てにしようとしている。自嘲気味に小さな笑いが零れた。
大丈夫だ。こういう時の為に修業をしてきた。大丈夫と言い聞かせて、この闇で作られた球体の中の少女へと呼び掛ける。
「ルーミアと言ったか。久方振りだな」
「……どうして私のことを知っているの?」
その言葉と同時に、彼女を纏っていた闇が消え失せる。
そうして現れるのは、以前にも見た覚えのある金髪に紅いリボンを結んだ少女。以前同様に、何故か両腕を伸ばしている。
「おや、俺のことは覚えていないのか。お兄さん、ちょっと残念だよ」
まぁ、無理もない。あの時俺は魔理沙の箒にぶら下がっていただけだから。
「貴方に以前合った事があるかなんて、あまり関係ないことね」
「そうだな、妖怪からしてみれば、人間なんて下らない存在」
どうせ直ぐに死ぬんだから。人間と妖怪では生死の差が大き過ぎる。だから、長く生きる妖怪は変化し続ける人間のことなんて、到底憶えていらない。
「で、妖怪のお前は目の前の人間をどうする気で?」
「勿論、食べる気よ。その為に此処まで歩いてきたのだから」
どうして俺は解りきったことを尋ねたのだろうな。人間みたいに、無意味なことを。きっと人間に近づき過ぎた影響かな。
この妖怪は人間である俺を喰おうと言うのだ。それならそれでもいい。
俺は生きる為に、刀を抜くだけの事。
「貴方は、食べてもいい人間?」
その言葉を切っ掛けに、少女の周りを弾幕が囲う。月光のように淡い光を放つ弾幕に包まれた少女は、まるで十字架に張り付けられた聖職者のようだ。
「お前は、斬ってもいい妖怪?」
その言葉を切っ掛けに、鬼灯の切っ先はルーミアに向けられる。自分のイメージでは、巨大な化物に挑む武人。実際はただ強がって威嚇するだけの子猫のようだろうな。