東方無風伝その6
夜の森に、場違いな程に紅く明るい屋台に、動くモノは三つだけ。
店主の妖怪。客の人間二人だけだ。客は互いに言葉を交わすことなんかなく、ただ己の時間に入って悦に入っている。
見ているだけで、なんとも寂しい光景だろうか。
客の人間は男と女だった。離れて見てみると夫婦のようだ。
男は、どうせ暇だと何か話しかけてみようとするが、どうにも女の雰囲気がそうさせないのだ。話しかけるな、と威圧しているようだった。
男としてはこれは少し迷惑だった。
夜は妖怪の時間。人間が喰われる時間なのだ。だから、彼はこの場で一夜を過ごし、明日また目的通りに人里に向かおうと思っているのだ。夜はまだ長い。何時までもこんなつまらない時間を、過ごしていたいとは思わない。
「なぁ、其処のあんた」
ふいに、女が男に声を掛けた。
男は何処か嬉しそうにそれに応える。
「なんだい」
「あんたは人間なのかい?」
「ああ、人間だ。あんたは」
「あたしも、人間さ」
それだけ言って、女は酒を呑む。
男は何処か妙だと思いもしたが、今の女の言葉で、男は自信を持った。それと同時に、匂いに気付いた。
匂いに女も気付いたか、女は言った。
「あんたは、何処の人間だい」
「此処に俺はいる。何処ではない」
「そうかい……。桜の匂いがしたから、あんたが何処から付けてきたのかと思ってね」
桜の匂い、と女は言ったが、彼等が感じている共通の匂いはそんなものではない。この二人だけが感じる独特の匂い。
「お前さん、人間は好きかい?」
男は言った。
女は、少し悩んで言った。
「嫌いだ。あんなエゴの塊が、どうして地上の王にでもなったかのように振舞うのか、不思議でならない」
「なんだ、嫌いなのかい。俺とは逆だな」
「王ならば、民を、下のモノを憂い救済するべきだ。それなのに、人間は見下し、蹴落とし、迫害し、死に追いやる。理解出来ないな。人間なんて滅んでしまえばいい」
「人間は停滞している。もう進化の兆しなんてない。直に滅びる」
「それでもあんたは、人間を愛すると。最早世界に捨てられたも同然な種族を」
「だからこそ、哀れんでいるのさ」
男の言葉は、女に苛立たせるばかりだった。