東方無風伝その6
彼等の感じている匂いとは、嗅覚をくすぐるものではない。もっと曖昧な、感覚的なもの――。
「あんたとは、仲良くやれそうな気がした」
「奇遇だな。俺もだ。だけど」
「根本的なところが違いすぎる」
「好きか、嫌いか。こう言えば単純な違いだな」
それは、強いて言えば雰囲気。それぞれの物事の捉え方や考え方。彼等は似た者同士なのだ。
だけど、大きな違いが有った。それが、人間と言う身でありながら、人間が好きか嫌いか。言ってしまえばそれだけのこと。それだけど、それは彼等にとって大き過ぎる違い。男にとっては些細な問題。だが、女にとってそれは大きな問題。
「あんたとは仲良くなれない」
「その通り。俺とあんたは、対立する立場」
それだけの違いが、彼らを認めさせない。幻想郷に生きるモノは、皆を愛する。人間もい妖怪も、幻想郷に生きるモノ全てを仲間と認め、殺されても『敵』として認識するわけではない。
だけど、この女は違う。
男は女を盗み見た。物憂げに杯に口を付けていた。
「残念だよ。あんたとは気が合うと思ったが」
一息吐いて女は続けて言った。
「あんた、名前は」
「風間。お前さんは」
「名乗る必要なんかない」
「……そいつは残念」
「本当に残念だ」
……一体何を悔いているのか、女は先程から何度も残念と言っている。
一体何が? 風間がその疑問を持ったのとほぼ同時に女は言った。
「あんたを殺さなきゃならないなんて」
女は言った。その言葉は重い意味を持っているが、そんなことにお構いなしに女は軽く言った。女が言ったその言葉の意味を理解した同時に、風間は跳んだ。
女は何時の間にか手に持った鉈を風間に向かい振ったのだった。動かなかったら、鉈は身体に食い込み、勢いを緩めることなく無理矢理に千切られて死んでいたことだろう。
「どういうことかな」
「言っただろう。私は、人間が嫌いだ。幻想郷が嫌いだ。世界が嫌いだ。全てが嫌いだ」
何か嫌われるようなことしたかなと思いつつ、風間は腰の刀に手を添え、何時でも抜けるように身構える。