東方無風伝その6
「ちょっとお客さん方! 喧嘩は余所でやってくれる!」
店主の声は確かに二人に届いたが、どちらも受け入れることはしなかった。
女が振う鉈を避けながら、風間は問い掛ける。
「嫌いだから、殺すっていうのか!」
「そうだ。私はお前が嫌いだ。いや、嫌いになった」
「はっ。まるでガキの我儘だな」
「その通りだよ。嫌いなモノを拒絶する。それの何が悪い。自分の我儘に生きるって、悪いことか?」
「それこそ、人間と同じだな」
彼の鼻先を鉈が掠める。一度距離を取って、なんとか言葉による和解が出来ないものかと試みる。
「人間が自分のエゴに生きるのと、全く同じじゃないか」
「……」
女の動きが止まる。
それで漸く、彼は女の人間嫌いが自分の想像以上だと言う事が解った。
「そうだとも。私は人間が大嫌いだ。憎い。殺してやりたい。この世から、一人の人間も残さずに殺し尽くしたい。そんな願望を持つ私だって人間なんだよ!」
女は叫びと共に、風間に向かい走った。
迫りくる鉈を、風間は避けることしかしない。風間にとって、この女が振う鉈を避けるのは容易い事。妖夢の振う竹刀の方がずっと速かった。
だが、彼は反撃しない。刀を抜くという動作が必要な以上、それに値する隙が必要となうる。女は自分以上に戦いに慣れていない素人だと言うのは、彼には解っている。だからこそ、女は闇雲に鉈を振り回す。そうして生まれるのは寸隙でしかない。
何時抜くか。それを考えて彼は一つの違和感を見つけた。
この女は戦い慣れていない。それなのに、振う鉈が速いのだ。あくまで、素人にしては、だ。
通常、重い鉈を女の細腕が振っては、遠心力を自分で打ち消すことは叶わず、鉈に振り回されると言うのものだ。それなのに、女にその様子が見られない。
振り方は素人。
一体どういうことなのか、それを考えさせまいと鉈が振られる。
この鉈を刀で弾いて隙を作りだし反撃、でもいいが、デメリットがある。鉈なんかを刀で受け止めては、刃が折れるか欠けるかしてしまう。
彼としては、それは避けたい。さて、どうしたものか、彼は考える。