永遠に失われしもの 第4章
丁寧に自分の体の隅々までの水分を
優しく拭き取るセバスチャンをしばし、
シエルは見とれたように眺める。
黙々と伏せ眼がちに働く彼の、
漆黒の前髪に見え隠れする、長い睫毛や、
綺麗に通った鼻筋、
細い輪郭の優美なラインは
妖艶な香りを放っている。
セバスチャンには、ああ答えたものの、
もう人間であったころの
屈辱や恐怖を感じた光景を思い出しても、
自分の記憶の実感もない。
さらに悪いことには、悪魔としての自分が、
その血まみれた記憶に
悦楽と興奮を感じている。
美しいものは、
酷く傷つけ穢してしまいたくなる。
狂気が、ひたひたと
にじり寄ってくるのがわかる。
シエルが目を落とすと、
自分の足の爪がまるで、獣のように
細く鋭く伸びているのに気づいた。
「こちらにおかけください」
着替えのシャツを着せて、
セバスチャンは椅子を差し出して
シエルを座らせ、
ヤスリで丁寧に爪を整えていく。
「セバスチャン」
作品名:永遠に失われしもの 第4章 作家名:くろ