【にょたりあ】 恋の前のその前
はじめて自分と民の考えが合わなかったとき・・・・困ったろうか・・・。
どうしようもなくあがいただろうか・・・・。
すぐにあきらめがついたのだろうか・・・・。
オーストリアの細い腕。細い腰。
女らしいしとやかさ。
そのすべてがあいつとは反対だと思っていた。
でも違ってた。
いや、同じだった・・・・。
あいつの体も・・・・細くか細く・・・・剣を振り回すには華奢な体・・・・。
踊った時に回す腰のしなやかさ・・・・。
女の甘い吐息・・・・・・。
どこが着飾った女性たちと違うというのだろう・・・・。
同じようなたおやかさを気付かなかったのは自分のほうだった・・。
いまさら、あいつにそんな事は言えない。
ただ、追いかけて迫るだけ・・・・。
半分本気で、半分冗談・・・・・・。
冗談ですまなくなったのはハンガリーのほうだった。
苦しい・・・・。
来ないかもしれない。
思考がぐるぐると一巡して最初に戻る。
夜は短い。
東の空が明るくなる気配がした。
もう来ないだろう・・・・・・。
さあ、帰ろう・・・・・・。
そして、戦う準備をしよう・・・・。
最後に話しておきたかった。
心残りがないわけじゃない。
でも、来ない者に、どうやって伝えればいい。
さあ、未練がましくいつまでもいても仕方ない。
空がだんだん明るくなって来る前に・・・。
敵国に入りこんだ自分を見とがめられる前に出て行こう。
その時、遠くから蹄の音がした。
まさか・・・な・・・。
俺の願望がそういう音になるのか・・・・・へっ。
みっともないな。
しかし、蹄の音はちかくなってくる。
もしかして・・・・・。
期待と絶望が入り混じる。
音の響いてくる方向を見つめる。
小さな点に見えたそれは、だんだんと近づいてくる。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・ガリー・・・・・!!」
声が聞こえた。
「ハンガリー!!この馬鹿野郎!!」
ああ、彼女だ・・・・・・・・。
明けようとする空が白くなってきた。
もうすぐ、ユールヒェンがここに来る。
ハンガリーは丘の上で立ちつくしていた。
「ハンガリー!!このっ!大馬鹿野郎!」
ユールヒェンは怒鳴りながら、馬を降りた。
「ブラッキー・・・・めちゃめちゃに走らせてごめん・・・・ここで休んでてね。」
体じゅうから汗を噴き出している愛馬をねぎらうと、ユールヒェンはサン・スーシ宮殿へと続く葡萄棚の階段をのぼりはじめた。
上を見ると、ハンガリーが丘の上の宮殿から階段を駆け下りてくる。
「いったいどういうつもりだ!お前は!私に話があるのなら手紙に名前くらい書いとけっ!」
(せっかく久しぶりに親父様の宮殿に来たってのに、お供えする花すらもってこなかったじゃないか!)
「だいたい、なんでお前がここに入りこめるんだよ!ここには仮にも親父様のお墓があるんだぞ!一応、警備の兵士くらいは・・・。」
そこまで怒鳴るとユールヒェンは、隣に走り降りたハンガリーに抱きすくめられた。
「なっ!何しやがる!!」
蹴飛ばそうとしてハンガリーを見上げた時、殴ろうとした手が止まった。
苦悩の後が見て取れる表情・・・・・・。
ハンガリーの体が震えている。
彼が勢いよく降りてきたせいで、階段をずり落ちそうになりながらもユールヒェンは必死で二人分の体重を支える。
ハンガリーがユールヒェンを抱いている手に力を入れる。
ユールヒェンは寄りかかる形になっているハンガリーと自分を支え切れずに、階段をずり落ちると座りこんでしまった。
それでもハンガリーはユールヒェンを離さない。
半分呆れながら、半分はこんな思いをさせていたのか、という反省が心にあって、ユールヒェンはハンガリーに抱きすくめられたままでいた。
「・・・・お前さあ・・・・・。」
文句を言おうとしたが、ハンガリーが必死で息を整えて、感情を押さえようとしているのを見て、黙ってしまった。
今はもう、ハンガリーの好きにさせておこう・・・・。
押さえきれない感情があふれて来てしまった。
自分で思っていたよりも、こんなにもユールヒェンに会いたかったのか・・・。
故郷のハンガリーの丘の上で、ユールヒェンを待っていた時、もうどうでもいいんだと思っていたのに・・・・・・。
彼女の姿をこの丘の上から見た時・・・・。
思い知ったのだ・・・・・。
自分がどれだけユールヒェンに会いたかったのか。
彼女にこの思いを伝えたかったのか。
そして、どれほど、この機会を自分が待っていたのかを。
ユールヒェンを抱いている腕がやっと緩んだ。
「・・・・・待たせて悪かったな・・・。」
珍しく殊勝な気持ちになっているユールヒェンが先に口を開いた。
「・・・気がつかなくてさ・・・・・。お前だって悪いんだぜ。名前もなんも書いてないから、私だって・・。」
「・・・・来てくれた・・・・。」
「え?」
しぼりだすような声でハンガリーが言った。
「来てくれたな・・・・・。」
「・・・・・・なあ・・・お前・・・ずっと待ってたのか?あそこでさ・・。」
「ああ・・・・・・そんなことはいいんだ・・・・俺は・・・。」
「こんっの、大・馬鹿・野郎がっ!!」
ユールヒェンの声が耳にキ―ンと響いた。
「親父様の家に来るくらいなら、なんで直接私のことに来ないんだよ!いくら私だって大事な話があるってんなら、ちゃんと聞いてやるのに!あと2通目、寄越すんなら、もっと早く出せよ!今日ついたんだぞ!今日だ!!お前からの手紙!私が来るの間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ!!」
一気にまくし立てるユールヒェンを見て、ハンガリーは笑ってしまった。
(ああ・・・このくそうるさい女を、俺はずっと思ってんのか・・・・・・・・。)
「何笑ってんだよ!おい、そろそろ離せ!」
ぐいっとハンガリーにまた抱きよせられてしまった。
「離さねえよ。離したら逃げちまうだろうが。」
「は、離せ!こんなとこで衛兵にでも見つかったら・・・。」
「ああ・・それなら大丈夫だろ。俺が入ってきても誰も止めなかったしな。」
「誰も止めない?!お前、衛兵に見られてんのに、ここへ入ってきたのか!?」
「ああ、俺はいつでもここに入れんのさ!」
「なんでだよ!!うちの衛兵、何してるんだって・・お前!どこ触ってやがる!!」
「どこって、お前の胸。」
「・・・・・・こんのお!離せ! このすけべやろうが!!」
「男がすけべで何が悪い。俺をさんざん待たせたお前が悪い。」
「それとこれとは関係ないだろうが!!」
「おっきくなったなあ・・・・・・。昔はつるぺたで、どうなるんだか心配したけどよ。」
「余計なお世話だ! は・な・せ!!」
ハンガリーはユールヒェンの腕をつかむと階段に座りなおした。
「なぁ・・・・俺・・・・ずっとあの星の丘で待ってたんだからよ・・・・しばらくこのままでいさせろよ。」
「それと私の胸を触るのと、関係ないだっろうが!!」
「あるさ・・・・。時間がねえから、このままで話させろよ。」
急にハンガリーの声が真面目になった。
作品名:【にょたりあ】 恋の前のその前 作家名:まこ