銀新ログ詰め合わせ
(畜生)
(畜生、チクショウ、ちくしょう!)
(―――クソったれが!!)
パシャン、と音を立てて、水飛沫が舞い上がる。
跳ね上がった、泥を含んだ薄汚い水が靴を濡らしても、新八は構う事無く歩き続けた。
噛み締めた唇では上手く呼吸すらも出来ず、自然、荒い息を吐いてしまう。
じわりと滲むものは果たして雨の所為かそれとも―――。
どちらにせよ、視界が悪い事には変わりは無い。
悔しさの余りぎゅうと拳を握り締め、新八は歩くのをピタリと止めた。
「畜生」
小さく呟いた言の葉は、滑稽な程この雨の中凛と響いた。
泣くまいと嗚咽を耐えていた唇は、力の限り噛み締めていた所為か、鉄の味がした。
それでも構わず、ぎりり、と更に強く噛む。
「畜生畜生畜生!アンタなんか、大ッ嫌いだ…!」
目を瞑れば、思い出すのは気分の悪い事に、白髪の男の笑みだった。
気持ち悪い。
それが先ず思い浮かぶ感情だった。
吐き気がする。それ以上に、苛々する。
そしてそれを上回る勢いで、悲しかった。悔しかった。切なかった。
大丈夫だよ、とのたまった男は、それはもう見惚れる位、綺麗な笑顔を浮かべた。
俺はもう大丈夫だから。
そう言って、笑って。新八は追い返された。
――これがショックと云わずに何というのか。
出逢った頃と比べてお互いの隔たりも埋まり、それなりに親しい間柄になったと、新八はそう思っていた。
少なくとも周囲に多少なりとも優越を感じる位には、近しい立場に居ると自負していたのだ。
それなのに、突き放された。
解っている。誰しも触れられたくは無い部分がある事位は。
知っているし、理解もしている。
けれどもそれでも最後には、と思ってしまうのは、傲慢というよりも寧ろ己の醜い切望なのだろう。
それくらい、自分にとって男は深い部分を占領していた。
「ばかったれが……ッ!」
泣いているのは、きっと自分ではなく、男の方だろう。
大丈夫だと男は笑う。
綺麗に鮮やかに笑う。
(―――何が大丈夫だ)
それが嘘だと知っている。
容易く見破れる位には、男と新八は親密な仲になっていた。
―――それなのに。
それでも尚壁を作って弾き出そうとするのか。
何という男だろう。
けれど一番腹が立つのは、それすらも解っていながら、こうして言われるがままのうのうとその場を去る、己自身なのだ。
(――きっと泣いているだろうに)
掛ける言葉もどうすべきかも解らない。
果たして逃げたのはどちらか。
(畜生、)
泣いているのは、果たしてどちらか。