銀新ログ詰め合わせ
しゅわり、音を立ててそれは弾けた。
小さな気泡は上を目指し、最後には青く蒼い、それでいて透明な液体にやわらかに溶けていく。
カランと澄んだ音を奏でるそれを脇に置いて、新八は一息を吐いた。
隣では銀時が何が面白いのか、既に空になった瓶を揺らして、ころりころりと中のビー玉が動く様を、しきりに眺めている。
「ラムネ、そんなに珍しいですか?まあ大人になってまでわざわざ買って飲む人は、そうそう居ないでしょうけど」
多少の嫌味も込めて言えば、聞く気が無いのか、唸り声にも似た生返事しか返って来ない。
それを、おや、と思う。
何の変哲も無い、それこそその辺の店に置いてあるようなものなのに、一体これの何処が男の琴線に触れたというのか。
―――それは少しの、純粋な興味。
「銀さん?」
「…すっげえのな、コレって。飲んだ瞬間、口ん中がしゅわしゅわすんの」
「そりゃラムネですからね。炭酸飲料ですからね。ピリピリすんのは当たり前でしょう」
呆れた様に応えを返すと、それにさして気にした風もなく、銀時は目の高さまで瓶を上げ、じいとそれを見詰めた。
「天人様々だねぇ」
そうして誰に言う訳でもなくぼそりと呟かれたその言葉に、新八はハッと身を堅くした。
迂闊だった。掴み所の無い男さながら、唐突に訪れるそれに、新八は未だその距離を計りかねている。
さて、どう切替えすべきか。
悶々とフル回転させている脳とは裏腹に、身体は凍える思いだ。冷たい汗が背中を伝うのを直に感じて、新八は歯噛みする。
「俺がお前位の頃はさ、こんなもん無かったんだ」
珍しく過去を訥々と語る銀時を、複雑な想いで見やる。
何も今、と思う。けれど今を逃せば、とも思うのだ。
そんな新八の葛藤を知ってか知らずか、銀時は尚も続ける。
「いや、あったかもしんねーけどよ、俺ァ知らなかったんだよなァ。―――そんな場所に、そんきゃ居なかった」
「こんな美味いモンが世の中あったんだなァ」
薄く厚い透明な蒼い硝子の膜の中、からりからりと転がるビー玉をぼんやりと見詰めて、一体彼は何を想っているのだろうか。新八には、検討も付かない。
「じゃあ良かったですね、それを今知る事出来て。こんな旨いモン知らないなんて、甘党のアンタには耐えられないでしょ」
漸く搾り出した言葉に、銀時は眦を下げて笑った。そうだな、と一言告げて。
カラリと鳴った音を聴きながら、己の過去を思い出す。昔飲んだラムネの味は、それこそ甘美で透明で、きらきらと輝いていた。
アンタと違って自分は良い思い出しか無いですよ。
そう言ったのならば、この男は先程の笑みよりも更に深く微笑うのだろう。
それは新八にとって誇らしく、そしてほんの少し悲しいものだった。
埋まりはしないこの溝を、けれども塗り替えてやろうと、新八はその一回り大きな掌に握られた瓶を引っ手繰り、そうして空いた片方の手で男の胸倉を掴む。
勢いのままに噛み付いた唇から、しゅわりと弾ける音が聞こえた気がして、新八は少しだけ、泣きそうになった。