永遠に失われしもの第5章
ウィルが振り向こうとする前に
セバスチャンは稲妻のような速さで
ウィルの背後に近づき、
思いきり拳で下顎を殴りつけた。
反動でウィルの身体は一瞬宙に浮き、
そのまま礼拝堂の屋根の上に倒れこむ。
背中をしたたかに打ちつけたウィルは
詰まった声を出して、
その瞬間デスサイズがウィルの手から離れ
落ちていく。
セバスチャンが広場に落ちていくそれに
手を伸ばそうとしたその時、
ロナルドが現れ、先じてウィルの
デスサイズを拾い上げ、
片膝を立てて起き上がろうとしていた
ウィルにほいっと投げて渡した。
「まったく、見かけに似合わず馬鹿力・・
顎がおかしくなりそうです。
医療費請求しないといけないですね、
アナタから」
前のロナルドと後のウィルから
同時にデスサイズの攻撃を受けては、
さすがのセバスチャンの敏捷性をもってしても、交わしきることができない。
デスサイズの攻撃がかすめるたびに
服は裂かれ、傷から血が流れていく。
--これでは、
ぼっちゃんをお迎えに行く前に
着替えなくてはなりませんね--
ついにロナルドとウィルによって
壁際まで追い詰められたセバスチャンの喉元にウィルのデスサイズが当てられた。
「ロナルド・ノックス、
私のデスサイズを支えていてください」
ウィルはセバスチャンの喉元に
デスサイズを突きつけたまま、
柄をロナルドに持たせる。
そしてウィルはじっくり
セバスチャンに近づいた。
「まずはお返しさせていただきますよ」
と言って、拳で一発顎を殴りつける。
それから喉元に当てられたデスサイズの鋏を利用して、セバスチャンの顔を上げさせる。
「泣いて命乞いしますか?」
殴られてセバスチャンの唇の端は切れ、
血が顎を伝っている。
「たとえそうしたからといって
助けてくれるような方だとは
思えませんが?」
ウィルは眼鏡を中指で押し上げ、
無表情に答えた。
「その通りです」
「悪趣味ですね」
「害獣に言われたくありません」
「そうですか、ふふ」
とまた、
不敵で艶美な微笑をするセバスチャン。
口元の笑みとは裏腹に、
瞳は闇を支配する暗澹たるオーラを放ち、
全身からは物凄い勢いで殺気と色香を放つ
セバスチャンに一瞬圧倒されて、
ウィルは、メデューサに魅入られたように
身体が硬直し、鳥肌が立つのを感じた。
「だから、そのいやらしい笑みを
私にするなと
あれほど言ってるでしょう!」
と、ウィルが一瞬目をそらした隙に、
セバスチャンは自分に向けられている
二本のデスサイズを両足で蹴り上げ、
そのまま後方に一回転して、
サンピエトロ寺院の屋根に着地した。
すかさず追ってくるウィルが、
円形状の寺院の屋根のせいで
一瞬バランスを崩したときに、
銀のナイフで眼鏡を狙うセバスチャン。
はじけ飛ばんとする眼鏡を
必死につかむウィルから
デスサイズを奪い取り、
セバスチャンはそのまま、
広場にいるロナルドに襲い掛かり、
デスサイズで膝を突き刺した。
ロナルドは、シネマティックレコードを噴き出しながら、
苛酷な痛さにもがき苦しみ、
転げまわろうとするが、
彼の膝はデスサイズが貫通し、
地に打ちつけられているので、
動くことも出来ない。
ウィルは傍で屈んで、
ロナルドの上体を起こしたが、
かける言葉もない。
部下の思いがけない重傷に、
顔色を無くし、動揺していたのである。
傷だらけの姿のセバスチャンは
取り上げたデスサイズを、
ぽんっとウィルに向かって放ると
「私はまだ死ぬ訳にはいかないのです」
とだけ言って、消えていった。
ウィルの心の中は後悔で一杯であった。
あの時ほんの一瞬、
あの悪魔の微笑に
気を獲られていなかったのなら・・・
「ロナルド!しっかりしてくださいッ!」
意識を失いつつある部下に向けて、
ウィルは叫び続けた。
作品名:永遠に失われしもの第5章 作家名:くろ